漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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10年遅れのプレイボール

仕事で中央省庁に足を運んだ際、そこに勤務する大学時代の同期で、短い間ながら共に白球を追った友人と5年ぶりにあった。彼は在学中に中心選手として活躍する真っ只中に部活を休んで国家公務員試験に専念し、一発合格。以来10年以上外交の世界に生きる。

「お前がアカデミックに行くとはな~」

大学の友人に会うとよく言われるのだが、彼もやっぱりそれを口にした。いつもその言葉には自分でも納得なのだが、それは在学中に目にした勉強大好き、読書大好きな友人達こそがホンモノで、私はナンチャッテという意識が今でもなくならないから。

「いかにも学者って感じのやつら、いたもんな~」

そうなのだ、そういう連中が周りにはたくさんいて、私はそんな人たちを外から見ていた。私の知っている限り、そういうホンモノの学者を目指した友人達は卒業以来大学院に進み、いずれかの機関に所属してその道で職を得ている(漂流博士の過去ログ参照)。いわゆる、博士が就職できないという問題は、そうしたホンモノには含まれない博士がアカデミックに限らずどう生きるかの問題だと認識しているのだが、いかがだろうか。

在学中からその友人には「お前、イスラエルに行って、そんでどうすんの?」とよく聞かれた。確かに自分でも分かっていなかったし、具体的にどんな道があるのか、何ができるのか、やはりよく分かっていなかったのだな、ということを再び思い出した。

かつては1、2年先のことしか見て行動しなかったのが、今では随分先までのことを見越した判断と行動ができるようになった。私にとっては大きな変化も、外交に生きる彼にしたら、そんなことすでに大学在学中から当たり前のことなのかもしれない。

私の場合は家族のなかで生きるという覚悟ができたことで、ようやくおぼろげながらどんな道に進みたいのかが見えてきた。大学卒業から10年以上が経過してやっと友人達と同じスタートラインに立った気がした。そんな話しをすると、船長は「継続は力だよね」と暖かな励ましをしてくれる。自分ではそんな風に考えたことはないけど、振り返れば長いこと大学院生活は送った。その力をこれから先に活かすときがようやく始まるんだな。
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COMMENT
船長の「継続は力だよね」というお言葉、「平凡を積み重ねると、いつしか非凡になる」というのを思い出しました。
「漂流博士」はある意味で既に非凡ですが、我思うが故に我在り、どうぞご自分を生きてください。
ありがとうございます
ありがとうございます。自分では確かに「継続」は費やした年数も長いので自覚はしているのですが、「力」はまだまだ実感がありません。この世界はやはり実績ですし、その積み上げに向けた継続をしないと、かつての「継続」も単なる時間になってしまうので、がんばります。
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