漂流博士

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レバノン"から"の移民問題

「レバノンは移民国家です」。レバノン移民研究センター副所長による研究会の案内を受け取った時、この最初の一文で私はレバノン「への」移民を想像した。しかし、実際には研究会でのテーマはレバノン「から」の移民であり、レバノン国外に生きるレバノン人、その現象こそが議論の中心であった。

研究会のテーマがレバノン「から」の移民であることは、発表で使用されている移民を指す単語が、自国(そもそも自国とは何か、という議論はされるべきですがとてもここではスペースもないので省略)から他国へ移住することを意味する"emigrate"だったことで気づかされた。確かに、再度案内文を読むと「国内人口推定300-400万に対して、在外レバノン人は推定1200万といわれています」とはっきり書いてあるのだから、レバノン「への」移民と思い込んだのは私の勝手な早とちりだったのだ。

私の思い込みをちょっと冷静になって分析してみると、「移民」という響きが自国から出て行くというよりも、"やってくる"という意味合いの方が強いためではないかと思うのだが、いかがだろうか。アメリカは移民国家、イスラエルは移民国家、という表現は一般的に成り立つと思うが、いずれも「外からやってくる人々」によって国家が形成されていることを表す。その場合の移民は、"immigrants"で今回の研究会のキーワードであったemigrantsとは人の動きのベクトルが異なる。会場に入り、emigrateと聞いた瞬間に「なんだ、immigrateでないのか」と自分の思い込みが解けて明確になったのだが、「移民」だけだと人の動きが外に向かっているのか、内に向いているのかがやっぱり分からない。

さて、研究会の内容はなかなか刺激的だった。年々レバノンから国外への移住者が増えていることと、そんな移住者がレバノン国内の親族に送金を続けながら自国とのコンタクトを維持しているというのが発表の肉の部分(ヘブライ語的表現)。身近なところでは、日産社長のカルロス・ゴーン氏もレバノン"移民"であるし、夫人のリタ氏は都内で「マイ・レバノン」というレバノン・レストランのオーナーになっている。なるほど、そうしたレバノンとの維持の仕方もある。

ただ、個人レベルにおいて、よりよい生活、より安全な生活、また夢を追って、国外に生活の拠点を移すこと、またその選択肢が増えていることは、レバノンに限らず国際的な現象であるし、人々の移住それ自体はレバノンの特徴でもない。個人レベルでは"国外に出る"ということは決してネガティブなことではないし、むしろ先に進むような、そんなポジティブな意味合いがある。レバノンでも両親たちは子ども達に"国外に出なさい"と積極的に勧める傾向があることを学んだ。ちなみに、博士号が日本で取得できるようになったことで、研究の場の選択肢が多くなったのだからその事実はもっと理解されてもいいのでは、ということはこれまでもこのブログで書いてきた。(参照1.、2.3.)

個人レベルでは歓迎される国外への移住は、一方で国家からの視点になるとたちまち"問題"となる。さらなる活躍の場を求めて大リーグに行く選手個人は評価されるが、日本プロ野球界という視点になると空洞化や人気低迷といった"問題"になることと似ている。今回の発表でも、国外への移住が国家にとって人口問題、経済問題、知能の流出といった意味で「危険」という表現で指摘された。これもまたレバノン特有の問題ではないであろうが、グローバルな現象が国家の枠に「問題」として戻された時、それをどうグローバルな視点で議論できるのかは、今後の移民の研究の大きな課題のような気がした。

議論が国家の枠組みに戻った時点、すなわちグローバルな現象が国家の内政問題にシフトした時点で、その議論に参加する者、もうちょっと踏み込んで言えば、議論に参加する権利をもつ者が極端に限られる。今回の研究会で少なくとも私はそれを実感した。発表のタイトルは「Lebanese Emigrants and Remittances:The Gain-Loss Debate」と「レバノンの」というナショナルな枠組みを提示しており、レバノンという国家にとっての「問題」が研究の様々な過程には横たわっているのだな、ということは読み取れ直接発表者に質問をして確認もしたのだが、その「問題」について私はどう受け止め、また考えればいいのか、という思考の力を持たないことを痛感したからだ。

私はこれまで、"やってくる"移民をどう受け入れるのか、という視点ばかりに専らとらわれていたのだが、出て行く人々をどうとらえるのか、またそれをどうすれば国家の枠組みを脱してグローバルな議論へと展開できるのか。こうした新たな課題が見つけられるのは、一人で本を読むことではなかなか得られない。研究会という議論の場に足を運ぶことの収穫はやはり大きい、収穫の秋真っ盛りである。
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