漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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漂流博士、電車に乗る

電車に乗る。なんと2週間振りのことで、昨夜はちょっとソワソワ仕事にならず、麦茶を一杯飲んで落ち着こう、と冷蔵庫を開けると、さっき入れたはずの麦茶の色が出てない。変だな?水だけ入れてパックを入れ忘れたか、いや待てよ、パックは入っている、古いのを入れたままにしてたかな、と新しいパックに手を伸ばした瞬間、待てよ?と手が止まった。
古いパックを捨て、何かに手を伸ばす同じ動作をした、そのことをサッと体が思い出したのだ。だったらコレ何だ?色の薄い麦茶をコップに入れてすこーしだけ口に含んだ。すると、しばらく味のない沈黙の時間が続き、その後でジワーッと薄い味が控えめにあらわれた。うすーく、できるだけ、うすーく、口の中全体に広がるようにカツオ味は謙虚に広がった。ダシを使った料理を内側から覗いたような、貴重な体験だった。そこにちょうど入ってきた船長は「おっかしいね、麦茶パックは上に浮かぶのに、ダシパックは下に沈むんだね、ワッハッハ」と思いがけない大発見をして大喜び。貴重な経験と大発見でソワソワ感は吹っ飛んで、平常心で今朝を迎えた。

普段は船長と自宅で仕事が多いのだが、今日は久しぶりに映像翻訳のために渋谷に向かった。飽きるほど歩いた駅までの道のりも、久しぶりだと足取りが軽い。それに、獲物が待っている狩に出かけるような、手ごたえが確実な道のりは歩いても楽しい。久しぶりに電車に乗ると、人を見たり窓の外を見たり、視線が落ち着かない。一応本を持っていったもののやはり電車で読書は苦手な私は結局ボーっと過ごした。もうブーツをはいている人がいるのか、と横を見ればタンクトップの人がいて、家の中にはない季節の変化を人々が演じていたり、通勤の頃毎日眺めていた頃はまだ工事中だったデパートが随分色鮮やかに装飾され、オープン間近のフレッシュ光線を放っていたり、電車で移動する時間は予想以上に生き生きとしていた。

仕事は予想より遥かに短くシャキッと終わり、見物気分でセンター街を通り過ぎ、まだ軽い足取りのまま帰路に着いた。通勤の記憶はまだしっかり残っているので、電車が楽しい!とは言い切れないけど、こんな狩のような電車、それもちょっと興奮してソワソワするくらいの頻度だったら電車も悪くない。(参照:漂流博士「通勤電車研究法」
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