漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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少子化対策に向けた博士号取得者の役割

この間保育園に娘を迎えに行くと、顔見知りになったみかちゃんのお母さん(ちゃんとした名前は知らないけど、子どもの名前を中心にして呼称が決まる、のは子どもを通した表面上の付き合いの表れ)から「いいわねぇ~、うちもパパに迎えにきてもらえたらね~」と嬉しいことを言われる。

漂流博士は7月に船出してから家にいる時間が多くなったので、船長と手分けして保育園送迎、買い物、遊び、と三歳半の娘と二人で出かける機会が増えた、それも勤務中は不可能だった昼時や夕方、と世の父親たちにはできない贅沢な時間帯である。

みかちゃんのお母さんに羨ましがられたその帰り道、自転車を漕ぎながら"平日の昼間から父親が保育園に行ったり、買い物したり、公園行くと変な目で見られる、ってよく言われるけどそれって自意識過剰なんじゃないか"とふっと思い、考えれば考えるほど確信に近くなっていった。そもそも、自分が思うほど他人は見ちゃいないんだし、"変な目で見てるのよ、私たち"という見る側の視点って聞いたことない。むしろ、お母さんの立場からは歓迎される。友人や知人との会話の中では"子育てする父親""昼間外にいる父親"という未だにミスマッチな関係を表すネタ、話題としてはおもしろいんだろうけど、実際に経験してみると「ぼくちゃん、周りの目が気になっちゃって」っと恥ずかしい告白のようで"変な目で見られる"なんて言えない。

イスラエルテレビの仕事のため日本の少子高齢化問題について最近取材を続けていて、先日は日本でその分野の第一人者でお茶の水女子大学名誉教授の袖井孝子先生にお会いした。「少子高齢化」と少子化と高齢化が仲良く並列されるのは、少子化によって高齢化社会を支える経済的基盤が弱くなることが問題なのであって、その問題の背景は少子化であり、さらに未婚化にある、というところに行き着くのが日本の少子高齢化の現状である。

お会いする前に読んだ袖井先生の著書『変わる家族、変わらない絆』ミネルヴァ書房(2003)にも書いてあることなのだが、少子化の根本的な課題は、何より男性の意識の変革である、という主張に大きく納得する。育児休暇制度、出産奨励金、乳幼児医療保険費の支援など制度や金銭的支援を充実させることはツールとしては重要で、我が家もその恩恵に授かっている。しかし、女性も働く社会になりながら、子育てや家事に対する父親の意識や、父親をとり囲む会社なり社会(父親の実家も結構ポイントだと思う)なりが、女性は家庭、男性は仕事というかつての性別役割分業に基づく意識から脱することができなければ、それらの支援ツールは焼け石に水程度の効果しかない。

「娘の体調が悪いので帰ります」と言える勇気と「そうか、なら今すぐ帰れよ」と言える周囲の理解は、少なくとも今の日本の企業の体質ではまだ想像しにくいと思うのだが、日本の企業で働いている方、どうだろうか?

となると、企業などの組織に入っていない父親達はどうであろうか。定職に就けない博士号取得者が増えている、ということは日中子どもと過ごす博士号取得者の父親も多いのではないだろうか。

専門分野で働く機会が今は限られている、のであれば少子化対策の根本的解決につながる父親意識の変革を担う者としてまさに直接貢献できるのではないだろうか。かっこよく真昼間から子どもと接する父親像を作ればいいんじゃないか。

家事をするのも、買い物をするのも、保育園に送迎するのも、病院に連れて行くのも、公園で遊ぶのも、母親じゃなければいけないことはなく、父親が率先してやったっていい。女性が「結婚をしたら家庭に入り、家庭育児に専念するという女性のライフワークは、夫の雇用が確保され、賃金が年々上昇していくことを前提にしている」(前出、『変わる家族、変わらない絆)。女性も働くようになり、男性はリストラにあったり転職をする現在、そうした役割分担は適さない。

"変な目で見られる"はおそらく父親(男性)は外で働くというにかつての役割に基づいた自意識過剰な男性の言い分であろう。役割分担が曖昧な今では適当とはいえないし、母親(女性)からは歓迎される。

博士号取得者で家にいる父親達は新しい家族の形を経験している、少子化対策の根本的解決の鍵を握っていると思えば、定職に就けないという経済的な問題は実は小さな問題に見えるようになるんじゃないだろうか。
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COMMENT
記事を読ませていただきました.
少しだけ意見させていただけば,
博士号取得者で家にいる父が少子化対策の
鍵になるとは思えません.金がしっかり
あって,家にいるなら理想のモデルになり
得ますが,現状は貧乏人です.
少子化も博士漂流も,結局は単純に金の
問題だと思いますが,いかがでしょうか.

ちなみに米国にいますが,保険が払えず
仕事もなく,子どもの世話をしている父親
は多数存在しますが,転職が一般的で
(2,3年ですぐ仕事を変えます),
時間帯も午後だけなど流動的だからこそ
世話ができるのであって,文系の非常勤生活
が近いタイプでしょう.
その場合,やはり貧乏なので時間はあっても
子どもにかけるお金がなく,子どもを持つ
=貧乏 という図式とさらに育英会の借金
という重荷も博士には加わりますから,
とても幸福とは言い難いです.
先日のニュースでは日本における大卒者の割合が50%になったのだとか。国の博士倍増計画で大学院進学者が増えたとはいえ、それらは主に理科系の話。
理科系で博士取得後に定職がない場合、経歴に穴をあけてはいけないという強迫観念からポスドクなどの期限付きポストか、企業への就職にトライするのがほとんどだと思います。それでも職を探せない場合には、例えば大学の研究生などになって一応のステータスをとり、(公には)無給でも研究の手を止めることはありません。ですから、日中に自宅にずっといるというケースはほとんどないように思います。つまり、漂流博士の『少子化対策の根本的解決につながる父親意識の変革を担う者としてまさに直接貢献できるのではないだろうか』というお言葉には現実味を感じられないのです。ジョークとしてなら面白いのですが、とても特殊なお話かと…。
文系博士の視点は視点として純粋にたいへん興味深いです。しかしその場合でも漂流博士が男性だということに話題性があるだけで、女性の漂流博士もいるわけです。さらに、博士号は持っていないけれど定職につけない父親という方もいらっしゃるでしょう。外から見ると、かなり特殊な話題のような印象を受けました。
コメントありがとうございます。
貧乏でも、低収入でも幸福な生き方、幸せな家庭はありうると思っていますし、博士号取得して定職がなくても、幸福な生き方、幸せな家庭は充分ある、あるはず、というのがこのブログの目指すところです。そのためにはちょっとした工夫や積極的な意識の持ち方は必要だと思い、その一つとして少子化への貢献という視点を投げかけてみたつもりです。

それから、確かに私のような生活をしているのは「特殊」だと思うのですが、父親や男性の役割意識の変革は大きな企業等ある組織にいる者よりも家にいる時間が比較的多い者の方が実現可能だろうな、と思ったときの一例として考えてみたのですが、確かにご指摘受けてから読み直すと、説得性はあまりないですね。ただ、社会的にというよりも、家にいる時間が比較的長い一人としては意識したいな、と思います。

これからもコメントお待ちしています!
私はサラリーマンで、子供はいませんが、会社の同僚が子供のことで会社を休んだりする環境は、ここ数年で劇的に改善されていると思います。例えば、私の会社では、出産後の女性の会社復帰が優遇(改善)されています。出産後1年間は、育児休暇が取得できその後は、小学校に入るまで10時から15時勤務でOKです。できるだけ負担のないように配慮されてきていると思います。(実は親に対する介護も同様の制度があります。)男性が外で働く、女性が家を守ることが美徳とされていた時代は当然過去であり、核家族化が進むにつれて親にとってはいろんなスタイルが出てきたということではないでしょうか?子供は、敏感だし子育てについてもいろんな問題がでてきています。純粋に子供といる時間が長いことは貴重であるし幸福に近くなる方法の一つだと考えればいかがでしょうか?漂流博士もずーと漂流するつもりで博士になったのではないでしょうし、初心を忘れずでしょうか。
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