漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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「絵」を求めるテレビ:仕事と研究

「私たちはアカデミックでもなければ、ラジオでもないんだから、何か絵がなければダメよ」とは今回の番組のディレクターからの指摘。環境にやさしい車両、次世代に向けた新しい技術、それら全て「絵」がないと意味がない、のはテレビ。(文系の)論文は「絵」よりも、テクストによる物語性や資料の独自性、と同時に客観性(従来の流れをきちんと理解するということ)を注意するし、そこが勝負の分かれ目なので、ぱっと見一瞬の「お~」を狙うテレビとは大きく違う。

7月31日からJR東日本小海線で世界初のハイブリッド車両が営業を開始した:地元山梨日日新聞サイト。燃料電池という今後の地球環境を考えた際の大きな代替エネルギー実用に向けた第一歩という位置づけや、何しろ「世界初」という冠がついた事実は充分ニュース性があるのだが、ご覧の通り一見普通の電車なのでイスラエルのテレビが来て「これが世界初です!」と紹介するほど「絵」として真新しいわけではない。円盤みたいな形だったり、運転と同時にピカピカ光ったりすれば別だけど、それは全くテレビの都合でしかない。

「世界初」をちゃんと理解してもらうのであれば、エンジンの構造や従来の車両と排出ガスの量を比較したグラフのような視覚的な資料が必要だけど、今回の番組コンセプトは世界初の新しいものを追跡せよ、というわけではない。実はこの車両、今回JR東日本の広報を通して取材を続けてきてほぼ本決まりだったのに、キャンセルになりそう。というのも、「絵」的に今一ということと、まだ燃料電池が実用化されたわけではないという理由。小海線は周囲の環境もきれいで、別の意味での「絵」としての価値はあるだけにちょっと残念。

一方、少子高齢化については、私も今のところ満足の経過。というのは、日本における少子高齢化の現状、課題の最大公約数を考えた時、高齢者が一人住まいになる傾向にあることがあげられるのだが、その課題を伝えるのに効果的な「絵」があるからである。独居傾向が強まっているのは、最近の台風や地震の際に取り残された高齢者が多いことがニュースで報道されていることからも明らかだ。

ただ、今回の番組ではそうした「問題」を羅列するのではなく、将来的な展望、解決策をイスラエルが日本から学べるものという出発点があるので、希望が持てるような日本の技術、日本独自の取り組みを求めていた。日本は技術、イスラエルの番組がその点を求めるのはイスラエル視聴者の反応を考えた時によく理解できる。例に漏れずイスラエルでもソニー、トーシバは日本の代名詞だ。

少子高齢化を解決するような日本の技術、それが、あった!コミュニケーションロボットのイフボット。そう言えば、愛地球博に出ていた、見たことあるぞ。製品詳細やコンセプトをよく読むと今回のテーマについて、しかも日本の少子高齢問題を紹介するのにピッタリなのでこれは是非とも取材をしたいとビジネスデザイン研究所にアプローチ。Webサイトの「経営ビジョン」には「世界最先端のコミュニケーション技術を搭載した、パーソナル・ロボットのリーディングカンパニーを目指し、少子高齢化社会に貢献します」と当番組と相思相愛のメッセージも見つけて感触抜群。研究所の担当者も番組に理解をしていただき、この度協力していただけることになった。

こうしたかみ合った感触を全ての取材地で求めることは不可能なんだろうけど、でも中身のある番組を目指せば、「絵」とそれを支える現状に沿った理解や説明との距離感を少しでも近づけなければいられなくなる。

論文とテレビの違いは、この「絵」の扱い方の他にもう一つ、テレビは私が作成する分けではないということ。これまでの取材をベースに今月末に来日する取材班とロケを行っても、スタジオに戻って編集をする過程に私は口は出せないし、番組ができるのをただ待つだけしかできない。もしかしたら、全く違う展開になってしまう可能性だってある。私に主導権はない。

一方、論文であれば、私が取材をして私が書く。責任も私にある。これは論文とテレビの違いというよりも、テレビのコーディネーターとしての仕事と、論文を書く研究者としての仕事との違い、と言った方がいいのかもしれない。書くものの主体性と書いた後の責任と言う意味で、私は論文を書くということを目指したいのだが、経済的な意味で考えるとコーディネーターの方が抜群にいい。コーディネーターとしての仕事はテレビ制作の事前準備でありながらその時間だけの対価を手にすることができる。しかし、論文を書くということに関しては、今のようなフリーの立場では科研等の研究費がなければ収入につながらない。

研究をすることで収入を得る、それができる場が少ないというのが現在博士が職に就けない問題であろう。ならば、その場を博士自身が開拓しなければならない、というのが私の目指すところ。テレビの取材を通して生活も確保しつつ、同時に自分の研究に活かせるような資料(聞き取り資料含む)を集めるくらいの貪欲さを維持すること、それが漂流博士としての生き方には求められているんだと思う。
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