漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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スポーツ選手の博士号取得

週末、Queenのブライアン・メイが博士論文を提出した記事を朝日.comで見つける。好き、だけでは博士論文を書くのは困難だと思うので、ミュージシャンで60歳、しかも36年越しというからそのエネルギーはすごいな~と純粋に感激する。 そう言えば、と気になって調べると、お!博士号取得している!おめでとう室伏選手! 今年三月に順天堂大学で医学博士を取得したソウル五輪背泳ぎ金メダリスト鈴木大地氏といい、最近はスポーツ選手のアカデミックへの進出も素晴らしい。

脳ミソも筋肉、理論より根性、精神、みたいなかつての体育のイメージからは想像つかないほど最近は勝利に向けて随分理論的な分析や見解が増えてきて、しかもそれが現役選手による生の声だったりすると事例の具体性とそこから論じられる理論の説得性にドンドン魅かれる。最近では足を速くすることをひたすら考え、それを理論的に解説する為末大選手が魅力的!と船長も超お薦め。

プロスポーツの地位を確立しているスポーツ選手の博士号取得は、スポーツとアカデミック双方にとって得るものが大きいので今後もっと増えていけばよいと思う。

一方、自分の研究を振り返るとスポーツ選手が発するような魅力はないな~とちょっと落ち込む。文系の博士号取得者として学会、大学、研究所だけではなく、ジャーナリズム、教育などどんどん広い世界を視野に入れて活動しないと、研究のための研究というせま~い世界に閉じこもってしまいそうだ。

スポーツ選手の理論に説得性があるのは、勝たなければならない、という明白な目標の上に成り立っているからかも、と考えるとちょっと羨ましくなる。最初から博士号取得が課される現在の博士課程の学生は、論文を書くことが目標になるから持久力の維持が難しい、と思うのは私だけだろうか。というのも、私は博士号を取得した後の目標が見えず、その中で博士号取得を目標とすることはできず課程在籍中に論文を書く動機もエネルギーも失い一度諦めている。

改めて論文を書こう!と思えたのは、その先の目標が見えてからで、その目標への小さな通過点に過ぎないと博士号取得の重みが軽くなってからである。目標は勝つこと。それくらい明白な目標があって、その過程として博士号取得が位置づけられれば文系の研究でももっと魅力的になるんだと思う。現在、制度としては博士号取得の後の目標が設定されているわけではないので、博士号取得者がそうした新たな魅力を見出せるような開拓者にならなければならないんじゃないか、と思う。ブライアン・メイが博士論文を提出した、その目標は全く別なのかもしれないけど、自身を含めて博士号を取得することの目標について考えさせられたニュースだった。
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COMMENT
またまた、コメントです。

博士論文の審査とかみていて、
やっぱ博士号をとるって大変なんだなぁとも思ってます(心理学の世界ってむちゃくちゃ、単位取得満期退学多いのですよー。)

音楽にしろスポーツにしろ臨床現場にしろ、何かをやりながら研究をするって大変なのにもかかわらず、頑張る方ってすごいなと思います。

現場に出てくる何かから、論文を書けたら、それはすごい現場よりの論文だと思うのですけどね。

PS.ちなみにコノサイトハ、お返事いただいたメールの署名から訪問させていただいております。こっそり読んでいます。
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