漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

村上春樹!その2

の前に、昨日「古希野球」の投稿にコメントが入った。70歳になれないと入れない古希野球。このブログでも何度も書いたけど(参考)、とにかくこの同じ時間軸にある同じ世界とは思えないプレーを目の前にして、人生観が変わった衝撃を得たあの夏のことを久しぶりに思い出した。一度ご覧ください。(クリック)
----

さて、感動が冷める前に。もう少し村上春樹氏がイスラエルに来たという話。
彼が舞台に上ると、それまでの大統領やエルサレム市長が続けてきたスピーチの時にはなかった厳かな雰囲気がピーンと張り詰めた。司会者は「スピーチ中は撮影を控えるように、それが受賞者本人からの願いです」と言うと、それまでこぞってレンズを向けていた大勢のカメラマンがサーっと会場の周辺に広がった(にもかかわらず、スピーチ時の写真が新聞やテレビに出ていますね、ルール違反です)。舞台は整った、そこに一人、自分の居場所を探しながら舞台に立つ村上春樹氏。舞台後方に視線を向けて、「始めていい?」とでも聞いたような、とにかくそうした表舞台が本当に苦手なんだな、という姿のままスピーチが始まった。

「Good Evening」私はこの小さく、そしてちょっと聞き取りにくいような、自信がないような出だしに、よく聞くスピーチとは違う、これがおそらく作家という職業のスピーチなのか、という新しさを感じつつ惹かれていった。そして「僕は小説家としてエルサレムにやってきた」という始まり。この始まりの二文だけで、小説家の、村上春樹の世界が会場を占めた。正直前半部分はなかなか聞き取りにくく、会場の前の方からは結構笑いが聞こえたのだが、半分より後ろにいた私たちの周りはちょっと反応が鈍かった。しばらくして、「今日は”本当のこと”を話します」という一言から、スピーチがある転換に入り、この場に至るまでの出来事、考え、相談、決断、そして主題である「壁と卵」と盛り上がっていくと、村上春樹氏の声も大きく、はきはき、そして私達に語るというエネルギーが伝わってきて、一言ずつが耳に入るようになった。その時すでにその舞台に立つ村上春樹氏は堂々としていた。

私は途中の「You are the biggest reason why I am here」という一言が強烈に耳にささり(なぜか私が見た英文には掲載されていない)、その瞬間、自分と村上春樹とエルサレムとが一直線ではないものの不思議な関係でつながったような錯覚に陥り、そのまま不思議な酔ったような気分のままスピーチの最後まで陶酔することになった。しかし、翌日の日本語の新聞で「ガザ攻撃を批判」といった類の、いかにも村上春樹がエルサレムの大舞台で政治批判をした、というような語調の記事には、さすがにひっくり返りそうになった。

いくらファンとして酔って聞いていたとはいえ、さすがにそれは違うんじゃないかと思えてならない。「卵と壁」は、個人対イスラエル、個人対軍隊などという小さな比喩でないことはその場で聞いている者には明らかだった。「壁」は日本という国家でも、また日本の中にもあるものであって、何もこの地の個別な内容ではないだろう。それが作家と政治家のスピーチの大きな違いなんだと思う。

「卵と壁」は、村上春樹という一個人の中身をさらけ出しながら、限りなく普遍性と向き合ったメッセージであるということは会場にもしっかり伝わっていたんだろうし、だからこそ、スピーチが終わった直後、スタンディングオベーションでしばらく拍手がやまなかった。私は、自分の個としての部分を見失いかけていたという一種の恐ろしい発見と、10年以上個別事象ばかりに目を奪われ、軽視していた普遍性というものの力を強く感じたスピーチだった。

何も、イスラエルを批判するためにわざわざエルサレムにまで来たのではないのであろうし、日本人代表としてきたわけでもないであろう。「僕は作家としてエルサレムにやってきた」という始まりの一言から、その舞台は村上春樹氏という個人のものとなっていた。「反対運動があったがエルサレムに来て批判した」といった筋書き、また、「イスラエルに言いたいことを自分の代わりに村上春樹が代弁してくれた」というヒーロー像を投影したような論調は、村上春樹という個人を無視した、または利用した政治的発想にしか過ぎないんじゃないかと私には思えてならない。

ちなみに、イスラエルではもっと露骨に政治批判をすることが日常的にありなので、今回のような比喩を伴った作家のスピーチでは政治批判とは読み取られない。翌朝「イスラエルを批判」と報じた新聞は一つもなかった。ハアレツは「なぜ僕は卵の側にいるのか」という大見出しの下に、ヘブライ語全文訳を掲載していた。

とにかく、イスラエルは村上春樹フィーバー、そう言っていいだろう。ハアレツ紙は毎週水曜日に書評冊子を挟んでくれるのだが、今日の表紙は村上春樹だ。また、授賞式前日のある新聞は、見開きの単独インタビューを掲載していた。全文はまだこれからじっくり読みたいものの、村上春樹氏が「日本社会は僕を圧迫する、それはとても単一的で狭い社会だ。1億2千万人がまるで一人の人間。僕はそんな中で特殊だった,西側では個性や人格は当然のことであり、格闘する相手ではない」と述べた箇所が抜書きされている箇所が「何を言ったんだ?」と読者をそそる。

我が家でのフィーバーは徐々に落ち着いてきたが、それでもあの場にいた感動は様々なパワーを与えてくれる。ブログも久しぶりに三日連続で書けた。船長とは「あ~村上春樹が読みたい!」と空に向かって叫びたい気分がどんどん高まっている。本当に来てたんだな~。
スポンサーサイト
COMMENT
すごいよな~、ナマ村上春樹。
うらやましいです。

ドイツでもハルキ・ムラカミはかなり人気があります。
日本人の作家で名前が出てくると言ったら、まずムラカミです。

そういえばまだ読んでいない小説が家に会った気がするから、読み始めようかな…。
和訳を
自分のブログに載せたらすごいアクセスにびっくりしてしまった者です。「僕に中の村上春樹」のつもりだったのが彼自身の言葉のように転載されたりしているのを見て、ちょっと乱暴なことをしたかと感じていました。
このエントリーではインタビューの様子や当地の状況を知ることができて、少しほっとすることができましたかも。ありがとうございます。
先日は、お忙しい中お時間を作ってくださり、ありがとうございました。

>日本社会は僕を圧迫する、それはとても単一的で狭い社会だ。1億2千万人がまるで一人の人間。僕はそんな中で特殊だった,西側では個性や人格は当然のことであり、格闘する相手ではない

昨日、四年前に日本に呼んだイスラエル人と飲んでいて、ちょうど同じ話をされました。「どうして日本人はそんなに不自由なのだ?」と。一人一人が自由に生きるイスラエル人たちから見ると、不思議でしょうがないようですね・・・

そのインタビュー、お時間のある時にブログでご紹介ください。
全文の翻訳
もらったアドバイスを参考に、スピーチの翻訳を手直ししてブログに載せてみました。
またアドバイスあったらお願いします!
感動のレポートありがとう。イスラエルでの授賞式ということでもしやと思いましたが、ここまで肉薄していたとは。元気で!また桜見に行こう。
すばらしいレポート!ありがとうございます!(mskcに教わって来ました)
私も「日本社会は僕を圧迫する」にとても興味あります。なぜ僕らはこんなに不自由なのだろう。
COMMENT FORM
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS 管理者にだけ表示
TRACKBACK
TB URL : http://hyoryudr.blog111.fc2.com/tb.php/203-fdbfff8d
[翻訳] 村上春樹のスピーチ「壁と卵」
はじめに 村上春樹のエルサレム賞の受賞スピーチを翻訳してみました。 理由は二つあります。 ひとつは、ネットにはぼちぼち翻訳も登場していますが、どれを読んでもしっくりこなかったこと。 そしてもう一つは、僕の長年の大切な友人がなんと!そのスピーチの場にいて興奮...
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。