漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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日常感覚で、冷静に、

随分たまっていた空き瓶を近くのスーパーに返しに行くことで一日がはじまった。一本は四分の一シケル(約7円)だけど、ちりも積もれば、であるし、何より捨てなくていいのは気持ちがいい。近所のスーパーでは空き瓶とペットボトルの回収の場所があって、そこに立っているおじさんの目の前で回収用袋に「いっぽん、ニホン、、、」と入れていって、最後におじさんから本数を書いた紙切れをもらい、買い物したあとでその紙切れをレジに持っていくと、その分を引いてくれる、というシステム。今日はピタパン5枚一袋プラスアルファ分になった。いい気分である。

そのスーパーのなかに、兵士に贈り物をという趣旨のポスターが貼ってあって、イスラエルの住民から兵士へ贈り物を送ろうというキャンペーンがあった。店員の胸にも「気持ちを兵士へ」とキャンペーンスローガンのステッカーがはってある。野菜が積まれたスーパーの中を歩きながら、ああ、戦争なんだな、ということを切に実感した。この地にいると、日常と紛争の境目は時々あいまいなところがあって、そのことはこれまでも何度か経験してきたのだが、今日スーパーで感じたことは、そういうこととは違った。まだいい表現が見つからないけど、とにかく違った。戦争という響きとは正反対の空間なのに、当たり前のように戦争ということばを受け入れられている時間、その矛盾しているようでいて完結している空間と時間のバランスが今でも不思議でたまらない。

スーパーのサイトにもあった。画面右のハートが出ている赤い四角の枠がそのキャンペーン。
http://www.shufersal.co.il/supersol_he/

レバノンの時にも感じたのだけど、紛争は長引くと報道はどんどん個別の事象にフォーカスするようになって、広い視野で戦争を見れなくなる。読者も視聴者も、単純な勝敗のゲームに引き込まれていくようだ。というのは、なにもここ現地でのことではなくて、いやむしろ、外の方が傾向として強いのではないかとさえ思うときがある。

イスラエル国民91%が攻撃を支持、というタイトルはニュースになっているのだが、イスラエル国外のメディアを斜め読みしていると、「9割支持」の一人歩きの感が見えるので、その世論調査の質問文を一応は確認しておくことは必要があると思うので記しておく。

「11日前、イスラエルに対するロケット発射を阻止することを目的として、イスラエル国防軍はハマスとの闘争を開始したが、その作戦実行についてどの程度支持または反対しますか?」

すなわち、ハマスのロケット攻撃に対して武力を行使したことをどう思うか?という質問。ちなみに対象者は800名。

これまで8年間、イスラエル南部にロケットが飛んできていたにもかかわらず、安全室建設に対する政府の補助金支出が随分遅いなど、認知されずにほとんど放置されてきたという事実があった。そんなロケット攻撃に対して、軍は何度か空爆攻撃をしているが、それでもロケットは止まらなかった。12月に停戦が半年経った後、ロケット発射が増加して、放置するのか、何もしないのか、という政治的プレッシャーが高まった、その中での攻撃が始まった。

今回の戦争で、テルアビブに避難してきたり、多くの国民がすっかり南部に釘付けになったことでロケットの恐怖と言うものが随分広く認知されたことは事実だろう。私がかつて留学していた、ガザから40キロ離れた南部最大の街にまで何発も着弾するとは、さすがに多くの国民も思っていなかった。これまで気がつかなかったことへの反省、そして、気がついたら南部は結構大変なことになっている、という認識。この9割という数値は、そうした南部への意識が高まったことを強く表している。以前にも書いたが、もう一度確認しておくと、開戦前夜の世論調査では、大規模攻撃への支持は48%で、反対は44%だった。

当たり前のことであるが、9割の人が、女性子どもを犠牲にしてでも攻撃すればいい、と言っているのではない。
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