漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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桑田引退:元野球少年へ

久々のアップでこの話題はないよなぁ~、と自分でも思うのだが思わずパソコン開いて書き始めてしまうのはこの話題なので、桑田に倣って「自然の流れに身を任せて」。

ここのところ漂流博士の生活の中での位置づけがどうも曖昧で、というのも有名人ではない私が今日何した、これ食べた、桜が咲いた、といわゆる日記的内容だけではブログの意味がないなぁ、と思ったり、一方で、ショートエッセーみたいなもんを連日書くというのもエネルギーがいるのでキツイよな~、と思ったり。そんな風に迷ったときは初心に戻ろう!ということで「書く練習」であり、その基本としての継続することの訓練の場としての漂流博士、そうだそうだ、と改めて位置づけを確認しながら肩の力を抜いて書いている。継続は力なり。

そもそもが漂流博士、このタイトルは「私、どこへ流れていってしまうんでしょう」と不安に思って書き始めたわけではなく、今の時代は、どこででも、どんな仕事でも、漂いながらも自らの足できちんと歩く方向を見据えていく力が求められているんだろうな、特に今の定職に着かない(着けない)博士号取得者にとってそれは基本姿勢だよな、と思ったことに基づいている。

さて、「桑田引退」この一言で、予想もしなかった寂しさが私の中には沸いてきた。「PLにすごい1年生コンビがいる」と初めて耳にしたのは私が小学5年生の夏休み、かなり暑い日の野球の試合を終えた直後、車のラジオで高校野球を聞いていたおじさんたちが話題にしていたのを聞いたときだった。それまで甲子園のエースと君臨していた池田高校の水野からホームランを打った、と聞いてまだ見ぬニューヒーローを想像して興奮したことを今でも覚えている。その時から桑田と清原は私の中でずっと野球選手であり続けた。今やそのときのおじさんたちと同じくらいの年齢になった私と同じ世代の元野球少年たちにとって、桑田と清原はマスコミがどれだけイジメても、どれだけ外野が騒いでも、ずっと野球選手として貫き続けてきた文句なしのヒーローであり続けた。

昨日、「桑田引退」と聞いて真っ先に感じたのは、その当たり前に続いてきた24年以上もの時間がもう刻み続けることはない、という「継続の終わり」だった。桑田の人生とは全く無関係の私までもがそんなことを感じたのはかなり予想外であり、それが予想もしなかった寂しさにつながった。PLの選手からプロ野球選手へと桑田や清原が24年間を歩んだ間、私は小学校5年生から35歳になった。しかし、桑田や清原が野球選手である限り、元野球少年といいつつ実はずっと野球少年でい続けられた。ところが「桑田引退」によってもはや野球少年であり続けることはできなくなり、本当の意味での「元野球少年」になる、そんな私自身の継続の終わりがもたらす寂しさなのかもしれない。

私にとっては常に二人だった桑田と清原。これまで本当にお疲れさま、桑田。まだ現役続行の清原、応援してるぞ!
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