漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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新年の悲しいニュース

同じ人類学仲間で今でも連絡を取り合っているイスラエルの友人(このブログ参照)から件名「Bad News from Israel」というメールが届く。4月に出産予定の彼女からのメールなので一瞬ヒヤっとしたが、「あなたもお世話になったあの先生が永遠の眠りについた、新年の最初のメールがこんなんでゴメン」という内容のもの。私は直接彼の授業を受けたわけではなく、院生が担当する演習のスタッフを取りまとめる心強いボスとして随分とお世話になった。

以前このブログでも書いたが(参照)、イスラエル留学中、授業の演習を担当するスタッフとして一年間教壇に立ったことがある。一コマ45分。ただそれだけでも、初めてヘブライ語で人前に立ち授業をする、というそれまで経験したことのないものすごい緊張感とプレッシャーを目の前にして目が痙攣して夜も眠れないような日々が続いた。そんな時、スタッフ5名の前でその先生が「おそらく彼の気持ちを分かるのは俺だけだろう。俺もアメリカで初めて授業をした時、ものすごい怖かった。あれは怖いとしか表現できなかった。そういうものなんだ、それだけでも分かってあげよう」と言ってくれた。「だれでも怖いんだ」と自分に言い聞かせることで、緊張感が和らぎ何とか初めての授業に臨めたことをよく覚えている。

そんな心強いボスにとってその年が現役最後だった。彼の現役最後の演習スタッフとして私は一年間授業を担当したのだが、彼と他のスタッフの支えのおかげで、最後は教え子達と共に安心感、満足感、そして充実感と共に仕事を終えることができた。「よくやった」とねぎらってもらい、「ありがとうございました、お疲れ様でした」と先生の教員生活最後の日に挨拶したのが彼と言葉を交わした最後だった。

今、映画監督の通訳として人前に立っても、また舞台に立っても、冷静に仕事に打ち込めるのも、ヘブライ語で授業を担当したという経験と自信があるから。その初めての授業に臨む前に私にのしかかっていた「怖い」という緊張感とプレッシャーを和らげる一言を与えてくれた先生がこの世を去った、ということを聞き、寂しさと共に感謝の気持ちを持って彼の冥福を祈りたいと思う。
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