漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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時の流れ

12月25日はクリスマス。そんな当たり前が実は当たり前ではない、という驚きを経験したのは今から15年前、それもイエスキリスト生誕の国イスラエルだった。

私自身はクリスチャンではないが、高校、大学とミッション系ということもあって、一度はクリスマスをイエス生誕の地ベツレヘムですごしてみたい、という思いを実現すべく興奮気味にベツレヘムのミサに参加したのが1992年12月24日。かなり寒い中、生誕教会の外で世界中から集まった人たちと手をつなぎながら「メリークリスマス!」と口を揃えたことは、今でもいい思い出となっている。

翌日、ベツレヘムから戻ってイスラエル人(ユダヤ人)の友人に「クリスマスをベツレヘムで迎えて感動したよ」と言ったら、「へ~、クリスマスって今頃なんだ」と予想外のコメントが返ってきて拍子抜けしたこともいい思い出であるし、その頃日本から送られてきたクリスマスカードを見た同じ友人たちが「これがサンタか!」とサンタのイラストに複数の目が釘付けだったことも、今となってはもう経験できないかもしれない貴重な記憶かもしれない。

それから15年が経過した今では、イスラエルの友人からも「メリークリスマス」というメールが届くようになり、スカイプなんかで話をしても「メリークリスマス」と最後に言われるようになり、驚くような寂しいような不思議な気分になる。

「ユダヤ人国家イスラエル」でクリスマスが認知されるようになったのは、90年代以降イスラエルに押し寄せた旧ソ連からの移民の波以降だと私は理解している。ひとつの季節の挨拶だとしても、キリストを救世主とは認識していないユダヤ人(教徒)がキリストの生誕を祝福するクリスマスを認識する、とは1992年当時は想像できなかった。とはいえ、もともと宗教的に敬虔なユダヤ人よりも世俗的なユダヤ人のほうが多いイスラエルにおいては、時が経てばまあそうだよな~というある種の納得もできるし、いずれにしてもイスラエルにおいてもクリスマスというものが以前よりもずいぶん認識されるようになったことには違いがない。

ちなみに、旧ソ連出身者はロシア正教での1月1日、また旧ソ連の名残の1月7日も祝福するので、1月1日にクリスマスツリーを飾りながら「新年おめでとう」という。「クリスマスは12月25日」とは、日本にいると地球上どこでも知られている当たり前のことのようではあるが、聖地イスラエルにおいてさえも当たり前ではない。

時の流れ、は年末のこの時期になると否応なしに感じる。一年を振り返ると、漂流博士として船出してからはあっという間だった。

幸運にも数々の興味深い仕事をさせていただいたが、その中のひとつ「迷子の警察音楽隊」が週末有楽町シネカノン2で公開された。公開日当日、早速満員だったと配給の日活のOZさんから丁寧にご連絡いただいた。満員だった、ということよりも、公開直後のお忙しいさなかに私なんかにご連絡していただいた、そのきめ細かな配慮に本当にうれしくなり、寒さを一瞬忘れることさえできた。

もうこのブログでは随分宣伝しましたが、もう一回、お正月映画にぜひ「迷子の警察音楽隊」!!
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迷子の警察音楽隊
 長い間、敵対していた隣国に招待され、イスラエルへとやってきたエジプトの警察音楽隊のオジサンたち。だが、空港に着いた瞬間、迷子に。さあ、どうする?  波瀾(はらん)万丈な物語かと思うかもしれないが、それがまったく正反対。口下手を通り越し、何を考えてい...
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