漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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"イスラエル映画"の波

7月に漂流博士として船出した時、これほどまでに"イスラエル映画"の波に乗った生活をするとは想像していなかった。とはいえ、船出後の初仕事はSkipシティDシネマフェスティバルの監督通訳であったことを思い出せば(参考)、何か大きな前ぶれは随分前から始まっていた。いずれにしても、ブログ漂流博士でこれほどまでに映画について書くとは、全く想像もしていなかった。

"イスラエル映画"とわずらわしくも""付にするのは、少ないながらも私が目にした映画のテーマや描き方に何かしらの共通性を見出すことはできず、見出す必要もなく、また、監督や製作者たちの口から"イスラエル映画"を作っているという意識が見えないことを考えると、"イスラエル映画"というカテゴリーを作るのは本人達ではなく、それ以外の者であるんだな、ということを常に意識しておきたいからである。そのカテゴリーが誰にとって、どのように必要なのか、これは映画だけではなく、ナショナリズムだとか、アイデンティティということを考える時にもおそらく共通する問いのような気がする。

そうは言っても、登場人物がヘブライ語の映画、またイスラエルを舞台とした映画が日本にやってきているおかげで、私は通訳や翻訳といった重要な橋渡しの仕事を得られることには感謝しっぱなしだ。言語を扱う仕事の中でも、原稿も依頼されることは心から嬉しい。質の高い作品の背景について、明らかな読者を目の前に想像しながら文字で描く。文字で表現する行程は、"イスラエル映画"と関係なしに私が仕事としてできる分野でもあるし、目指していきたい方向性でもある。

最近意識的に"イスラエル映画"を見たのだが;

『ケドマ:戦禍の起源』アモス・ギタイ監督
イスラエル映画の重鎮と言われる彼について論じるなら全作品を見ないと、と思っていたところ、たまたま近くのレンタル屋で目にしたので借りてきた。感想は「おんなじだな~」(参考)

『The Bubble』エイタン・フォックス監督
テルアビブに生きる20代の若者の空気がものすごーく伝わってきて、どんどん吸い込まれていったのだが、最後に撃沈してしまった。

基本的に同じ世代の監督がつくった作品は見ていて、共感しやすい。世代という輪切りは結構大きな影響力があるのだと改めて感じる。
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