漂流博士

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アモス・ギタイ「撤退」鑑賞後感(その二:改訂版)

トメル(「ペーパードールズ」)、エラン(「迷子の警察音楽隊」)、ギタイ(「撤退」)が世代の違いから基本的に全て違っているわけではなく、むしろ、映画を創る上で目指すところについては一様に「日々の新聞やラジオで伝えられるニュースとは違うものを目指したい」と似たことを口にしているのだが、実際に映画を見ると目指すところが全く違う。この三人で特に大きく異なるのは、アモス・ギタイは「イスラエル映画」を創っているという自覚があるのに対し、トメルもエランも「イスラエル映画を創ろう」という自覚がないこと。その「政治的」な違いは世代によるものも大きいのではないのか、というのが世代について私が考える出発点。

あえて言えば、アモス・ギタイは自身が国際的(イスラエル以外の主にフランス、ヨーロッパ)に評価を得ていることを充分自覚している点、実はこの点が彼の映画に随分影響を与えていると思うのだが、それは単なるアモス・ギタイ批判で止まってしまうし、かといって彼の全作品を観ているわけでは私が一人の監督について批判したところであまり説得力がない。

「漂流博士」として船出して数ヶ月、幸いなことに5つの「イスラエル映画」に携わることができたこともあり、特に「撤退」というこれまで全く異なる内容の映画を見たことで私の中に化学反応が起こったので、ここでそれを書きとめておきたい、というのがここでの目標。

世代の違い、というものは、何も絶対的な違いではないし、事実「撤退」を観た直後には、「私はもう高齢で」という作家と私は意見が共通していた。ただ、「イスラエル映画」と国旗に基づく分類が実際に存在し、「イスラエル映画」について語るという場が日本語圏で存在する限り、何かしらの違いについて語ることはそれだけでも意味があるのではないかと思い、一つのたたき台程度にちょっと言わせてもらうことにする。

基本的に報道とは違った言語が映画にあり、映画は芸術であり、映画の意義がある、と言う(『アモス・ギタイ』(フィルム・アート社、2003年)ギタイ監督だが、「撤退」を見ても、結局日常的な報道と同じ議論の線上であって、映画でしか描けない映画言語というものを私は感じることができなかった。むしろ、報道の議論にドップリはまっていて、映画の独自性というよりも、すでにあるものの焼き直し、というのが基本的な感想だった。

ガザ撤退での警察による入植者の"排除"は随分テレビでも映し出され、イスラエル社会でもイヤと言うほど議論がされ、されつくされたといっても過言ではないと思うのだが、映画で描かれる「撤退」はその議論の無難な要約。他のギタイの映画同様、イスラエル社会でこの映画は評価をあまり得ていないようだが、それは、何も劇場に行ってまで日常のテレビで映し出されている映像を改めて見たくはないし、疲労困憊、もう辟易、という表現が当てはまるような軍、入植者、政府等に対する日常に転がった分厚い批判を聞きながら、何も改めてギタイによる個人的な批判を劇場にまでいって聞かなくてもいい、という感覚が社会にはあるのではないか、と何の根拠もないのだがおそらくそうでははないか、と私は想像する。

簡単に確認だけしておくと、政府や軍に対する批判的な視点、言説は報道レベルに限らず、日常の会話レベルにおいてもイスラエル社会にはすでに存在しているのであって、映画でなければ批判ができない、ということはない。映画人でなくても、イスラエル人であれば批評家、と言えるほど社会の雑音は騒がしい。そうした多様な批判的議論が存在するにもかかわらず、ギタイの映画を観るとその多様性が感じられず、むしろ、すでに存在する騒がしさに加えて、個人的な騒がしさを付け加えているだけに見えて仕方ないのだが、「なんだかな~」と煮え切らないものを感じさせるのもそのせいかもしれない。

もしかしたら、自分の立ち位置をイスラエル社会で見出せないストレスやもがき、というものがあって、「監督アモス・ギタイ」として受け入れられる"国際社会"(フランス中心としたヨーロッパ?)に向かって言葉を発し続けているからかもしれない、とこれまた全く何の根拠もない分析をしてしまう。"イスラエル批判"を自称するギタイ監督であるが、イスラエル国内では真新しさがなくその批判が受け入れられない一方、イスラエル国外で「イスラエル映画」の巨匠として歓迎されるのは、そういった意味では皮肉だな、と私は思う。

私は映画そのものについては全く疎い。「毎日見てないといられない」という船長と比べれば全く目が肥えていない、そんなド素人。そんな素人感覚で不思議なのは、トメル、エラン、そしてギタイも、「映画は報道とは違う」「映画は芸術」とほぼ同様の映画にかける姿勢について語るのに、なぜにこんなにも大きな違いがあるのか、ということ。それも、ギタイだけ批判姿勢も批判の対象も違うのだ。

私なりにその違いについて考えると、アモス・ギタイと他の二人では報道と映画の位置づけが異なるのだろう、というところに落ち着く。報道の対極(またはアンチ報道)に映画言語を位置づけるアモス・ギタイに対して、他の二人は報道とは全く異なる次元として映画言語を位置づけている。

アモス・ギタイの映画を見て、「またこれか」と感じてならないのは、報道と対極はしているのだろうが、結局は視線も言説も報道から抜け出せていないこと。批判の対象は政府、軍といった当局なのだが、批判や批評はすなわち当局に対して、という基本的な視点は世代の違いと言えるのではないか、と感じるところだ。アモス・ギタイの映画を観ると、「イスラエルの人々」が見えない。あえて言えば、見えるのは彼本人。確かにそこには登場人物がいるのだが、彼ら/彼女らは観客同様にアモス・ギタイからのプレッシャーを背負わされていて、自由になれないイスラエルの人々、と私の目には映る。当局に対峙するアモス・ギタイ、という構図はよく分かるのだが、「ひとびと」の登場しないそのような対峙関係は、イスラエルに限らず日本の社会運動などでも観られる一種の世代的な視点なのかもしれないな、と思う。

一方、私と同じ世代のトメルやエランは、まず第一にそうした議論をひとまず横に置くことから出発している。日常の、ひとびとの、普通の、イスラエルだけではなく他にもあるような、そうした小さなところに視点を移しながら描いていく。報道で忙しく議論され、それに呼応する日々の疲れきった議論ではなく、そうした喧騒から身を引いたところから何かを描く。トメルやエランが言う映画言語はそうした視点であって、報道の喧騒から忘れ去られてしまった、まったく別の空間に存在しているものを見つめ、描こうとする言語ではないかと私は理解する。

「撤退」はガザ撤退がテーマではない、という批判もあるだろう。「国境」「民族」「国籍」というキーワードが飛び交う冒頭の電車のシーンからも、ギタイ監督の主張は何もガザ撤退そのものではないことはよく分かる。「撤退」の英語タイトルは「Disengagement」であって、「撤退」というよりはむしろ「切り離し」。実際、ガザ撤退という事実は、交渉をせずイスラエルが単独で一方的に実施した政治決定及び行為であったことを振り返れば、ガザ撤退はイスラエルからの切り離しと理解すべきであろう。ただ、「国境」「民族」「国籍」といったキーワードと「切り離し」について語るのであれば、もっと成熟した議論が実際に存在するわけだし、それに丁寧に耳を傾けたほうがいいのではないかと私は思う。

、、、と、一方的に批判することは簡単であって、何かを「つくる」ということはそれだけで産みの苦しみを味わうわけだからそこをまずきちんと評価すべきだろう。アカデミックだって同じ「つくる」作業の繰り返しだ。自分だったらどうできるのか?その問いに誠実に向かい合い、この化学反応を実のあるものに成長させて、対等に議論できるようになることを目指すこと課された最大の課題であることを自覚して、アモス・ギタイの鑑賞後感を締めくくりたい。
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