漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

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漂流博士が船出

 先月一杯で四年間勤めた職場を退職、漂流博士としての生活が始まった。30歳で初めて就職した記念すべき場所を去り、改めてアカデミックの道へ歩みだそうとする第一歩を踏んだのだ。その心境を表すとすれば「卒業」であり、人生で何度も味わってきたまっすぐに伸びる道を目の前にしたときの、あの何ともいえない胸の高まりを35歳を目前にした今再び感じられるのは極めて贅沢である。しかし、これまでの卒業と違い私には家族がいる。この先の道のりを歩くのは一人ではなく家族全員であって、そのため覚悟と生きていることの実感もこれまた贅沢すぎるほど生々しい。

 初めて社会人生活を始めた四年前とは、形となる成果を得ることなく未完成のままイスラエルの留学を終えた時でもあった。社会人生活を始めてすぐ、その未完成の留学を完成させるべく博士論文を完成させよう!と夫婦で誓ってほぼ四年。終わらせなければ始まらない、それをひたすら言い聞かせて昼は仕事、朝と夜は論文という生活を乗り越えて今年の一月に学位論文を提出。晴れて三月に博士となってひとまず留学の成果を完成させた。

 博士号を取得することは今や研究職に就こうとする者に求められた最低限の資格でしかない。大学を含めた研究機関を研究者専用列車にたとえるなら、博士号は入場券どころか入場整理券程度の意味しかない。「研究者になりたければ博士論文くらいは書かないと認めないよ」と言いながら、博士論文を書いたところですぐに研究者になれるほど研究職の現状は甘くない。研究職に就くには、そんな根性試しのハードルが一番最初に待っている。しかし、プロ野球選手は根性だけじゃなれないが、博士はそれができるのだ。根性勝負なら負けてられない、このスポ根魂が論文執筆のもう一つの大きなエネルギーだった。

 博士号取得してすぐに大学や研究機関へ就職するケースは極ゴク稀だ。「朝日新聞」(5月22日)は「漂流する博士」でその現状を報告し、その中で「任期付職でしのぐ」と博士の就職口が広がっていないことを指摘している。しかし、私は任期付職や複数の非常勤で食いつなぐだけが博士の生き方ではないと思っている。

 じゃあ、どうやって生きていくのか?それがこのブログの大きなテーマである。私の場合、まず第一に根性勝負に勝ったのだからこの先何でもできるんじゃないか、という全く不確実な確信と、その勝利が家族全員によるものだからきっと間違いない、というさらなる不確実な確信がある。その確信に立って、ヘブライ語の翻訳や通訳、またイスラエルと日本のビジネスコーディネートでの生計維持を目指している。

 漂流することを嘆くのではなく、目標に向けて家族と手を取り合い進みながらどう流れを自分達に持ってくるのか。地に足付いた日々を送りながら、自由に道を切り開く。漂流博士の船出である。
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