漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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もう一度日本文理!

8対2になった頃にさすがに出勤しなければという時間になって、「あ~もうだめだな」と下向きながら自転車をこいだ。

職場についてパソコン上げて、最初のページで「日本文理脅威の粘り」を目にして、あわてて船長に電話すると「すごいよ、すごい、ほんとすごい」と興奮していて言葉という言葉が全てスゴイになっている。

2アウトランナーなし、ツーストライク、6点差、そこから一点ずつ積み重ねた5点。そんな流れを見ていればそれは興奮しちゃうはずだ。

新潟県勢のチームで全国レベルで戦った、しかもそんな「脅威の粘り」で最後まで諦めずに戦い抜いた文理の選手を思うとじわじわと熱くなってくる。そしてもうこのチームでできないんだな、と思いながら涙したキャプテンのコメントを読みながら、自分のことを思い出してさらに熱くなる。

きっと新潟県の視聴率はものすごかったと思うけど、我が家もテルアビブでしっかり応援。ネット時代にも感謝。素晴らしいものを見ることができて本当によかった、ありがとう文理!
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日本文理!

新潟県で高校球児だった者としては何とも嬉しいニュースだ。本当に信じられないくらいの出来事。

日本文理高校決勝進出。船長と二人、朝5時におきてABC放送のネット生中継で準決勝を観戦したが、伸び伸びしている姿を見て本当に胸が熱くなった。

新潟の高校野球は全国でもおそらく最もレベルが低く、いつも初戦敗退、よくて二回戦。とにかく全国レベルというものから大きく離れている、ということを現役中もその後も感じていたので、まさか決勝に進むとは、全く想像を大きく越えている。

もう20年以上前のことだけれども、僕が高校一年の時の対戦相手がまさに日本文理で、当時、吉田篤史という投手(その後全日本、ロッテで先発投手として活躍)を擁してそれなりに注目されていたものの、投手以外は大したことなかったし(でもそこに負けた)、雨の試合とはいえ応援席にはだれもいなかったことをよく覚えている。

そのチームがいまや甲子園の応援席を埋めているのだから、テルアビブなんかにいても興奮しないわけにはいかない。

おなじあの空の下で練習して、同じグラウンドで戦い抜いてきた選手達が、今甲子園の大舞台の頂点に立とうとしている。どれだけ時間がたっても、どれだけ遠くにいても、選手の姿を見るとグッと熱くならざるをえない。

暑い夏の熱い余韻

昨夜の熱い余韻がまだ全身を覆っている。
かなり楽しみにしていたAvishai Cohenのライブ。
どんな言葉を選んでも、あのライブのすごさをうまく言い表せないな、でも、とにかく、本当に、ほんとうにあの空間にいることができて、あの時間を共有できたことはこれからの宝だよ、そんなやりとりを繰り返しながら、船長と僕は全身がまだしっかり覚えているあのライブを思い出しながら語り続け、その余韻を楽しんでいる。

僕と船長はニュー・アルバムを随分聞き込んで、先週ラジオで行われたミニライブもしっかり聞き込んで、かなり耳を鳴らして気分を高めて足を運んだのだが、帰りの道中はフワフワした自分の足ではないような、言葉も出てこないようなそんな「シビレ」がしばらく続いていた。行く前のウキウキ気分など、もうず~っと遥かに飛び越えた、なんだかよく分からないがとにかく圧倒されていた。実際横に座っていた船長は興奮を通り過ぎて、大丈夫か?と思うくらいそこにいるのに意識はどこかにいってしまっていた。

ニューアルバムAuroraの公式サイトはこちら(一曲だけビデオあり)

僕がAvishai Cohenの名前を聞いたのは以前留学していた頃のことで、その当時ボストンに留学していた大学野球のチームメート(今はベルリン)が「イスラエルといえばAvishai Cohenというのがいていいよ」と教えてくれたのだった。その当時はチック・コリアのトリオとしてのアルバムが出ていて、ちょうどその友人をボストンに訪れた時にそのCDを手に入れたのが僕の初のAvishai Cohenだった。その後、さいたま市の小さな図書分室でたまたま船長が「Colors」というソロアルバムを見つけて「お、かっこいい!」と思った、というのが昨年5月に赴任するまでの我が家のAvishai Cohen歴だった。

赴任してこちらで生活をするようになって、ラジオでAvishai Cohenの曲を結構耳にするようになって、イスラエルでも随分名が知られるようになったんだな、と思った。というのは、2003年にイスラエルのかなり著名なテレビ関係者達にAvishai Cohenの名前を言ってもだれも知らなかったことを今でも鮮明に覚えているからだ。Avishaiがイスラエルに帰ってきた最近5年くらいで一気に「ホーム」イスラエルでファンを広げたんだろう。でも、僕は正直なところ、ラジオから流れるAvishai Cohenの歌を初めて聞いた昨年の夏頃は、「フツーの歌」にしか聞こえず、「あちゃちゃ色気づいて余計なことをして」という印象が強かった。

でも、11月、そして昨日とライブにいった今では、もう絶対にあの歌声がないと今のAvishai Cohenの作品は考えられなくなった。あの何ともいえない、かすれ声のようなのに調和している声、そしてそんな声が奏でる「ラララ」に虜になっている。Avishaiの声による歌がなければもう絶対に成り立たず、彼のベースも絶対に不可欠で、そして、Avishaiを挟んで横一列に並ぶピアノ、コーラス、パーカッション、そして今回はウードのメンバといったメンバーが絶対不可欠。ステージに出てきた時から、一緒に新しく楽しいことやろうぜ!と集まった仲間なのかもな~と思ったけど、まだ若いメンバーが、新しいこと、楽しいこと、を求めて作り出しているというものすごい新鮮なエネルギーがとにかくよかった。実際にはそんなにウキウキとした気分だけで曲作り、ステージ作りがされるわけなどなく、文章を書く時のように生みの苦しみをしながらの辛い作業の成果が僕らの目の前にはあったのだろうけど、おそらく僕らを圧倒したのは、そんな生みの苦しみによる達成感ではなく、そんな苦しみはまるで過去であるかのように、もう次を見据えている、次を見つけたくてウズウズしている、そんな想像を絶する前進するエネルギーなんだろうと思う。

アンコールの一曲目、Avishaiが一人で出てきて、さらっとピアノの前に座っていとも楽しそうに弾き語りをした姿に、彼の器のでかさを感じて僕のAvishai Cohenに対するファン度は一気に高まった。惚れたといってもいいくらいの感情だった。しびれたのは僕ら夫婦だけではなく会場全体で、もう、ものすごい興奮で、三回もアンコールして、それでもAvishai達は全部歌ってくれた。総立ちで割れんばかりの拍手のアンコールをして、登場するとスッと座って曲に耳を傾け、曲が終わるとまた総立ちで拍手と歓声、最後はだれからというでもなく観客が踊りだし、、、あ~もう書いているだけで熱くなってくる、しばらくないであろうテルアビブ公演にかけたからこそあったであろう情熱、またシビレてきた。
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