漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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地中海と夕日

刺青エッセーを書いた大手日刊紙の編集長より「週末家に来ないか」と連絡を受けたので、テルアビブから北に向けて30分ほど車を走らせた。金曜日、それも午後になると完全にお休みモードなのでいつもプップカ、セカセカの道路も快適な空間が続く。

テルアビブ市内を過ぎると空き地とベッドタウンとが交互にやってきて、最も海よりを南北を走る道路が本当にもうこれ以上海に近づけないというくらいの場所に差し掛かったところで、フリーハイウェイを降り西へ。目の前は海一面。テルアビブ市内の海はテトラポットがあって、完全に視界が開けるという場所が限られているけど、今日目にしたそれは正真正銘の海一面。

編集長の家、と言っても「週末だけなんだ」という言わば別荘のようなものだけど、芝がきれいで、窓からはまるで飾った絵のように海が広がっていて本当にきれいできれいですっかりと羽を伸ばした。
彼とは僕が日本にいた時に何度かテレビの仕事をしたのだけど、のんびりと話したことは実はあまりなかったので、芝に寝転んでレモネード飲みながらのんびり話すなんて今回が初めて。我が家の海も家に入るなり、広い庭と目の前の海に興奮したのか大はしゃぎで時間がたつのを忘れた。

夕陽の時間となり、散歩して海に近づくと、ちょっとスノッブな雰囲気のテルアビブとは違った、庶民的な海の光景がそこにあり、そこでものんびりした。
「ここだとアジア人ってやっぱり珍しいんだと思う。テルアビブではそんなことないけど、今日は8割方私をジロジロ見ていた」と船長、車で30分とは言え、それくらい大きな違いがあった。

夕陽は絶景!
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最近のイスラエル社会について編集長との話も盛り上がる!「おそらく、普通の国だったら、新聞記者は、あ~これ書いたら批判を浴びるかも、とびくびくすると思うけど、ここイスラエルは全く逆だね。例えば、英語教育の開始年齢は早いがいいか遅いがいいかという議論があった場合、担当大臣は、子どもの将来を考えるのでも、親の目を気にするのでもなく、どっちの方がメディアの反発が小さいのかによて決める、と言ってもまあ過言ではないな。メディアの方が強いんだ。最近の首相は過去数代、みんなメディアによって辞任を余儀なくされているし、ここは書く者が怖がらないんだ、自由なんだ」
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ヘブライ語で書いてみた

随分前からある新聞社の友人に頼まれていたヘブライ語でのミニ・エッセーを書きあげた。
僕はヘブライ語の基本をバナナ農園とバーでの会話で自己流で身につけているので、ヘブライ語をきちんと書くことに関しては大きなコンプレックスがある。どれだけ話せても、どれだけ読めても、書くことというのはまったく別の技術が求められるのだが、その技術が身についていないのだ。それでも「何とかヘブライ語で頑張ってみる」と今回こだわったのは、なんとかいけそうな感じがしたのだ、漠然と。

週末に人生初めて自分が書いたヘブライ語と向かい合ってみたのだが、予想以上にスムースに書けたことに自分では驚いた。書く前から頭の中に何を書きたいのかということが明確にあったことば一番の勝因だった。そして、それをできるだけ簡単な表現でSVOの基礎を忘れずにということだけを心がけたのがよかったのだ。これは何語でも共通だと思うけど、とにかく頭の中で書きたいことがものすご~くスッキリしていないと言語化の作業などほとんど不可能に近いと思う。

今回のお題は、テルアビブで目にする漢字の刺青に対する日本人としての率直な感想。そうはいっても、感想だけでは全く面白くもなんともないので、文化的分析というテイストをつけてみた。途中何度も船長と相談して、それをヘブライ語に置き換えるという作業を繰り返した。我ながら結構面白く仕上がった。

母語ではないので、言葉を選ぶということがなく、また感覚的にしっくりするまで推敲を重ねるということも、そのヘブライ語のしっくり具合が身についてないのでできない。とにかく、言いたいことをものすご~く簡単に並べるしかできないのだが、さすがにそのまま新聞に載るのはまずいので、友人に「添削」をお願いした。

かつて人類学概論を教えた時の教え子で、今や友人となったモシェに「ちょっと見てくれないか」と夜メールで送ると、彼は夜中までの仕事を追えた後に見直してくれて翌朝には返信してくれる。すごい!しかも「ヘブライ語らしい!」と一目で気に入った訂正された文章、僕がいいたかったコアはきちんと残し、しかもリズムも、表現もしっかりと残された新たな文章を見て感動した。ネイティブっぽい表現というのはこれはもう本当に書き込まないと身につかないもので、僕などはもうほぼ諦めているんだけど、でもやっぱり最初からこんな風に書いてみたいとつくづく思う。

初めてのヘブライ語エッセーは友人の力をかりながら、かなり満足したものになった。編集長からも「おもしろいぞ!」とお褒めの言葉をもらい、あとは新聞掲載を待つだけ。
最近雑誌記事やエッセーを書いて、何かものすごく身軽な気分!

現在、一度挫折した『ねじまき鳥クロニクル』を読んでいる。『海辺のカフカ』に比べると落ちるけど、日本語のリズムはやっぱりすごい。

なんとかなった!

ソフトボール試合再開!のニュースが飛び込んできた、といってもふつうの人が読むヘブライ語版新聞では小さな扱いで、むしろ、ソフトボールや野球というものが生活の中に位置づけられているアメリカ出身のイスラエル人が読んでいるJerusalem Postなどの英語版で詳しく出ていた。

さすがに国際試合なわけで、球場管理者、球場がある市、ソフトボール協会とみんなで大慌てで行政処理をすませて何とか試合再開ができるようになった。数日つぶれてしまったので、毎日夜11時過ぎまで、また体外試合をしてはいけない金曜日日没から土曜日日没までのユダヤ教の安息日はさすがに試合を組めないけど、それでも日没ギリギリでスケジュールを再調整して期間中に終わらせるらしい。
それから、どうやら今回の使用禁止令というのは、イスラエルvsメキシコの試合中二回表に市の当局の人がきて初めて問題になったのだそうだが、その試合も同じ場面から再開されるとのこと。

ソフトボール協会のコメントは「ヨーロッパ選手権では何日も雨で延期になった、それと比べれば日程調整は簡単さ!」さすが、その前向きなポジティブさがここで生活していく上ではもう絶対的にかかせない、「何とかなる!」のだ。確かに、ここは4月から10月くらいまでは雨が降らないので、屋外イベントのスケジュールは一度立てればその通りに動くのだ。

「なんとかなる」か?!

「マカビヤ」と呼ばれるユダヤ人のためのオリンピックが月曜日からここテルアビブの郊外を中心に始まっている。
昨年の北京オリンピックでもかろうじてヨットで銅メダル、金メダルはオリンピック史上で一つというスポーツのレベルは今一のこの地において、国際試合を目の当たりに出来る希少な機会マカビヤ。

私がプレーしているソフトボールもイスラエル国内ではほとんど知られることなく、アメリカ出身者と私くらいが熱中しているのだけど、マカビヤとなるとアメリカからもベネズエラからも代表チームが来るので、曲がりなりにも一時的に「国際的」なスポーツになる。

新聞の説明では、WBCでも対戦した米国とベネズエラが対戦!とあったので、「ちょっくら見に行ってみるかな」と思っていた矢先、な、なんと「全日程中止」という衝撃ニュース。

イスラエルで使える球場は二つしかないのだが、そのうちの一つが観客収容手続きをしていなかったために球場の使用が出来ないというのが理由。私がプレーしているのもその球場なのだが、観客ったってスタンドに座れるのは頑張って40人、あとはフェンスの周りから首を伸ばしてみるしかない。それでもまあ万一ファールボールが当たったら、などという場合の責任問題などが生じるので手続きは必要とのこと、まあそうだろう。

同僚に言わせれば「なんとかなるさ」のイスラエル精神を反省するいい機会だよ。確かに日本じゃまずありえないだろうな、こんなこと。でも「なんとかなる」を貫き通して何とかなっちゃうのもここでのこと、各国の代表が来ている国際試合をどうまとめるのか注目しよう。

本日購入したばかりのAvishai Cohenのニューアルバム「AURORA」を聞きながらの更新。
公式サイトはこちら、ジャケットは↓
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先日のNew School立ち上げコンサートで、船長と別のベーシスト(My Spaceで視聴)に一目ぼれして、さっそく昨日彼も含めたトリオのライブにいってきたけど、かっこよさはかなりいいけど「同じ楽器とは思えないくらい音が違う」という感触が耳に残ってしまって、Avishai Cohenのあの音を猛烈に欲したのと、そのニューアルバム引っさげたAvishaiのライブがテルアビブで31日にあるので、もう絶対にそこに行こう、そのためにはその前に耳を鳴らそう!ということで。CD聞きながらこのライブを想像すると、、、もう我慢できないです。

一部はこちらで聴けるようです。→聴いてみる。

アビシャイ・コーヘンにしびれた

ちょっと興奮して眠れないので書く。

アビシャイ・コーヘンを生で聞いた。今回は二度目である。ただ、前回は小さなライブハウスで、歌付だった(彼のファンには驚きかもしれないが、最近彼はイスラエル在住でヘブライ語の歌を歌っている、それが実にいい!)。今回は彼が16の時に知り合ってからその才能に惚れていると言うピアニストと、ベースだけの共演だったので、僕は初めてアビシャイ・コーヘンのすごさに直に触れた。

スローに入り、どんどんと乗ってくると、何だか何かにとりつかれたようになり、ほえはじめた。やっぱりほえるのか!とキースジャレットを想像しながら目が釘付けになった。ベースの早弾きというのは全身運動で、アートと言うかスポーツと言うか、頭から指先までひたすら細かく動き回っている、とにかくすごかった。

今日は彼のコンサートだけではなかったので、聞けたのは一曲だけ。その一曲にかけた集中力とエネルギーのこめ方に感動した。やっぱり生の演奏は文句なしにしびれる。

今日は、ニューヨークのNew Schoolとテルアビブにあるコンサーバトリオン音楽学校が共同プログラムを開始!というイベントで、その新しいプログラムへの寄付という形で僕らはお金を払って、イスラエル国内のみならずNew Schoolで教えている重鎮ジャズプレーヤーの演奏を聴くというもの。

オープニングは、今年のRed Sea Jazz Festivalサイトがかっこいい!ジャズ好きじゃなくても来たくなります、きっと)でも演奏すると言うテルアビブのBig Band。まだ若手の、でも将来のある選ばれた演奏家達の演奏はキリッとよかった。そして、最近ニューヨークからイスラエルに戻ってきたというピアニスト、Alon Yavnai。もっとかっこいいかっこうすればいいのに。世界的なピアニストだということを今日まで知らなかったが、彼のひくpianoは本当に素晴らしかった。これからテルアビブで演奏する時には絶対聴きに行こう。

そして、2時間半後にやっとあらわれたオオトリがアビシャイ・コーヘン。天晴れ!
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