漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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マスク

先日少しだけ一時帰国をした。第一に成田に到着するやマスクをしている人たちが普通になっている光景に驚いた。イスラエルは随分早い段階から新型インフルエンザ感染者が確認され、しかも、この国土の狭さ(ほぼ四国)と人口(ほぼ700万強)からすれば7人というのは日本の比ではなくかなり多いと思うけど、マスクをする人など見かけない。そもそも、日本だと風邪をひけばマスク、花粉が飛べばマスクなわけで、日頃からマスクに対するハードルが絶対的に低いから、マスク一つでは比較は出来ないだろうけど、何だかマスクなしだと危険に晒されているような変なプレッシャーが成田にあることは間違いないと思う。

そういえば、こちらの新聞では、まだ日本が感染国ではないにもかかわらず、新型インフルエンザの記事を飾る写真として、成田に到着した乗客全員がマスクをしている日本の写真が使われていた。確かにあんな光景は世界でもきっと珍しいんだろうと思う。情報伝達手段としては不適切だけど、確かにフォトジェニックではある。こっちでは、感染者が「バリバリ元気だぜ!」と顔写真つきで新聞に出るし、さっさと退院するし、あっさりしたものだ。

イスラエルへの入国の際、パスポートコントロールのブースの下に「過去7日間にメキシコに行った人は申告してください」ときっと発生直後に出したんだろうな、という張り紙があったけど、新型インフルエンザのためにいつもと違うなと思うのはそれくらいだった。入国審査員はだれもマスクなどせずスタンプを押していたし、全くいつもどおり。いったいあのマスク騒動は何だったんだろうか?と思いながら久しぶりにのんびり週末。
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イスラエルと日本の大型連休

イスラエルに来て一年が経とうとしている。「お~、久しぶり!」とイスラエル人の旧友や知人に何年ぶりかにテルアビブの街のど真ん中でバッタリ会うことが一ヶ月に一度はあるんだけど、なぜか日本人に会ったことはない。が、ようやく今日初めて目にした。遠くからでも、お、なんかちょっといつもとは違うアジア人だな、人と人の距離のとり方も、お互いの話し方なんかからもピピンと感じるな、と思った通り、近くに「○○トラベル、聖地巡礼の旅」と書いてあるミニバスを発見!「あ~、ゴールデンウィークだからか!」と思わず膝をたたいた。

こちらイスラエルは4月8日の過ぎ越し祭から29日の独立記念までの怒涛のお祭続きだったので完全に「連休後」のムード、改めて5月5日という日付にそうか、と何だか遠いことのように思う。ネット時代の今では距離感覚がつかみにくいことが多々あるけれども、共有する時間がズレていると実感すると妙に遠く感じるものだ。プロ野球の結果も、豚インフルエンザの感染者数も、数値的な情報はほぼライブで更新して共有できるけど、数字にはなりえない呼吸と同時に分かり合うものは遠くにいるとやっぱり分からないものだ。WBCの結果は知っていても、僕はその興奮をまだ感じることができていない。友人が全ての試合を録画したビデオを送ってくれたのでこれから見るのが楽しみだ。

さて、僕はかれこれ長いことイスラエルには関係しているけど、娘が幼稚園で習ってくる歌なんかはこれまで全く触れる機会がなかったのでとても新鮮。昨日などは「あおとしろ~、わたしのはた♪」とヘブライ語で口ずさんでいてドキリとした。

イスラエルは独立記念に向けて、もうこれでもか!という位の国旗をあちこちに掲げる。学校やバス、会社、そういう「おおやけ」の場所ならまだしも、マイカーやアパートのベランダなど「こじん」の場所に掲げる様子はいつ見ても驚くし、日本で長く生活したものの感覚にはどうしても馴染まない。1993年に私が最初に体験した独立記念の頃は、イスラエルとアメリカ二つの旗を車にたなびかせて走るのがやけに多かったことを記憶しているけど、数そのものは今もあの時も多かった。

娘の幼稚園の中にも「当然」国旗がいくつも掲げられていて、二本の線と星はお絵かきの題材にもなっているし、着ていく服も青と白、否が応でも身近なものになるのだ。そして、歌。私の旗は青と白なのだ。「私たち」と「わたし」が巧みに絡み合う瞬間、そんな独立記念日が4月29日、今も名残惜しむようにあちこちに青と白がはためいている。

娘の「あおとしろ、わたしのはた」の写真は船長ブログ

フィールド・オブ・ドリームスのような空間でのプレーは本当に気持ちがいい、でも、やっぱりスポーツは勝たないと面白くないのだ。勝負事は勝ってナンボであって、特に今のように日々の練習が実を結ぶ、という試合までのプロセスも楽しめるわけではない本番勝負では、勝たないとしょうがない。

う~ん、そんな煮え切らなさを感じながらも、仕事を終えた後、一週間に一度、ナイターで一ゲームプレーする、そんな贅沢な趣味に体が随分と慣れてきて、ガシガシと軋まなくなったのは嬉しい。あとはスピード。頭は反応するのに体がワンテンポ遅い、この筋肉の鈍さを戻せれば何とか満足できるプレーができるかもしれない。とにかく基本的な体力が復活してきて日常生活にもかなりハリが出てきたのは嬉しい限りだ。

ソフトボールをするようなイスラエル人は大半以上が米国出身。その中でも宗教的な人々が多いので、帽子を取ると頭にキッパをしていたり、腰の辺りにチョロチョロとツィツィットと呼ばれる宗教家が身につけるチョッキが出ていたり、絶対にイスラエルでしか見れない「プレーヤー」を目にすると今でもちょっとワクワクする。そんな楽しみもイスラエルでのソフトボールにはある。

試合が終了するのはいつも夜11時15分。それから夜のお祈りをする宗教的な選手達。暗闇に野球のユニフォームを着た大の大人達がエルサレムの方を向きながら頭を前後に揺らす姿に、僕はかなり興奮する。長年野球をやってきたが、こんな場面は一度も見たことがない。

最近、政治的には、首相やその周辺が、和平プロセスに向けてまずは「ユダヤ人国家イスラエル」としての国家の定義を認めよ、とは言っているものの、そもそもユダヤ人ってだれよ?ユダヤ教徒?といっても僕の周辺にはそんな宗教的な人たちはいない。ソフトボールの試合で僕が体験しているのは、かなりマニアックなイスラエルの空間なのだ。試合中は完全にアメリカ英語。話題はMBA。イスラエルにいるのにアメリカ体験、なんてのはやっぱりオマケみたいなもので、スポーツは日本であろうとイスラエルであろうと、勝たないと意味がないのだ。
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