漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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冬到来!

夏時間が終わり(10月5日)、ユダヤの新年も終わり、夏が終わってしまった、秋だな~と思ったら、一気に冬になった。

イスラエルでは冬は雨季。今シーズン4度目の雨が本格的な雨になったことで、ラジオを聴いていると「いよいよ冬到来!」と軽い興奮ぎみの声が響いている。深刻な水不足なので、雨は大歓迎。ただ、水源である北部のガリラヤ湖周辺にふることが何よりも大事。ここでは台風でもないのに何ミリふった、と天気予報でも新聞でも言っていて、北部に行くと「今年は○ミリふって十分」などと普通の人が言っているのを耳にするので驚く。

一応ヘブライ語にも秋に当たる言葉があって、秋は存在するという人がそれなりにいるのだが、「あ、夏が終わったんだな」と思いはじめた時と、雨が降ってラジオや新聞が「冬だ!」と言うまでの、本当にわずかの瞬間にしかそれらしいものはない。

突如の冬到来に、あ~傘がない、長袖どこだっけ?と今もちょっと寒いなと思いながら書いているのだが、街の人たちも似たようなもので、コートを着た人の横に視線をずらすと、短パンTシャツの人、というこれまたおかしな光景を目にする。

これまで全く天気予報というものを見なかったのだが、一気に冬到来、これから4月くらいまでの間、いよいよ天気予報チェックの日々の始まりである。
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キャンプの余韻

繁忙期でどこもホテルがとれず、沈みかけていたところに、キャンプ!の思考に気がついた瞬間から一気に盛り上がって今回の死海キャンプが実現した。日本を出る前、船長と「イスラエルに行ったら特に死海ではキャンプができるね」とあれだけ話をしていたのに、すっかりと忘れていたのだ。

私たちにとって、キャンプとは、テントよりも、野外調理よりも、何よりも焚き火とコーヒー。私はその感覚を、留学時代に獲得していて、屋外コーヒーセットは、まあなかなか出番がなかったものの、日本でも一応しっかり持っていた。

焚き火には木が必要で、それをちゃんと事前に集めて持っていくものだ、ということも同じく留学時代に心得ている。当事は小さな町だったので、工事現場とか、空き地のようなところに行けば結構いい木が転がっていたのだが、今は都会のテルアビブ。果たしてどこで入手しようかと車を走らせていると、大通りの脇の垣根のところに、運搬用に使われた木枠が放置されているのを発見!そういう乾ききった板が焚き火にはベスト!そんなものが大都会の真ん中に落ちているとは、と興奮しながら、早速、薄暗くなってから(明るいとさすがに怪しいので)娘を連れて焚き火用の板の収穫へ。

理想的な大きさの板がゴロゴロと捨てられているのを目の前に、キャンプ!と思いついた瞬間から我々はキャンプに導かれているのだ、と確信しながら益々ムードが盛り上がった。

トランク


当日、死海に向けてひたすら東に車を走らせながら、道中、留学時代の友人ドゥロンに焚き火をするオススメスポットを聞こうと思い電話した。死海周辺は巨大で、予め具体的な目標がないとスポットは見つかりにくい。私が留学時代に心得たキャンプ感覚とは、ドゥロンとその大勢の仲間たちから身につけたもので、きっとドゥロンならいいところを知っているに違いない、というキャンプ思考では極自然な流れだった。

すると、

なんと、ドゥロンは死海での二泊キャンプを終えたところで、帰路の途中!とあまりに出来すぎの展開にボルテージは最高潮!オススメスポットは、会って説明するよ、ということで、死海からエルサレム方面に向かうドゥロンと、ちょうどエルサレムを出て死海に向かう私たちは、20分後に死海のほとりで合流、まるで事前に打ち合わせをしていたとしか言えない位素晴らしい再会を果たした。

ドゥロンとは6年ぶりだった。当事からどこででも生きていけそうなワイルドな男であったが、久しぶりに見る容貌はますます野生化していた。「さっそくそこでコーヒー飲みながら場所を教えるよ」と指差した場所は、いつの時代のものか、今は廃墟となった建物。

ドゥロンは、そこらをちょろりと歩き回り、小枝と木の端切れのようなものを片手に集め、そこに火をつけた。コーヒー一回分のミニミニ焚き火、それを目の前に、焚き火の師匠の技を見るようで、船長とそれだけで感激した。(→その時の写真は船長ブログ
 )

私の留学時代の生活はドゥロンとその仲間達に支えられた。ブログにも登場した、今や宗教的生活を始めたアリエルも、一緒にテルアビブ10キロ走ったアロンも(参照)、ドゥロンとその仲間達だ。学問仲間ではなく、完全な遊び仲間なのだが、私にはなくてはならない居場所だった。

ドゥロンの家にはいつも多くの人が出入りしていて、遊びに行くたびに新しい友人ができた。ドゥロンが中学高校時代に寮生活を送っていた時の同級生が仲間達で、その仲間達が仲間達を連れて巨大な仲間達がドゥロンの周りにはいた。焚き火やるぞ、という声かけをすれば、テキパキと手分けして、盛大な屋外パーティーを開く、そんな連中が私は大好きだった。

コーヒーをつくるドゥロンを目の前に、そんな私が今、船長と海をつれて家族で死海にキャンプに行こうとしている。何ともいえない幸せな思いがじわ~っと広がり、なかなか味わえないであろう感動をじっくり味わった。

その晩、ドゥロンに教えてもらった場所で焚き火をたき、船長と二人で火を眺めながら味わった家族での初めてのキャンプ。大げさに言えば家族の新たな出発とも言えるほど新鮮なもので、格別の味わいだった。
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充電完了!

たき火を眺め、月を眺め、月明かりに照らされた死海を眺め
初めて外で寝る娘が発する幸せな笑い声を聴きながら、
船長と「最高だね」を繰り返し、そのままごろんと地面に寝転んだ。

日の出を見ながら死海で浮かび、またたき火を炊いて朝のコーヒー。

漂流一家初のキャンプ。私と船長はすっかり忘れていた感覚を呼び起こされ、「そうそう、こうでなくちゃ」と細胞の隅々がきれいにリフレッシュするような充足感を得ながら、日々の生活に向けて充電完了!

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気がつけば秋

気がつけば秋。

今シーズンに入り二度の雨が振り、雨が全く降らない乾季から、「振るかもしれない」という一応の想像をしながら生活する雨季に転化し、朝晩の風がすっかり涼しくなった。でも日中は相変わらずの陽射しと暑さで半袖。朝は薄いジャケットのようなものを羽織りたいのに、日中になるとサングラスかけて半袖になりたい、イスラエルの秋から春にかけて肌が感じる空気と太陽である。

9月30日からユダヤ暦の新年に突入し、その後怒涛の祭日シーズンで、街にも自然公園などの観光スポットもわんさかわんさかと人が繰り出していて、「家から出て楽しまないと!」というムードで一杯なまさに「ハイシーズン」。この時期ホテルも「繁忙期」値段に切り替わり、旅行の秋。

イスラエルの祝祭日については「船長ブログ」がしっかりフォローしているのでそちらを是非。

この時期、友だちと今度会おうか?とか、大学の先生にアポを取りたいんですけど?と連絡してみても「お祭りの後にしよう」と返ってくる事が多い。新年から明日の祝日まで、何日かおきに祝日があるので国全体がダラリとバケーションムードになって仕事モードがトーンダウン。新聞見てもニュースがないな~と、社会は一時休止状態。

そんなバケーションをやっぱり楽しまないと!と我が家も今日から死海にキャンプに行くことに!ホテルを探したものの、どこも満室で全く太刀打ち不可だったので、思考チェンジしてキャンプに。そうだ、実はこっちのほうが今ベストシーズンではないか!とすっかり忘れていた感覚を思い出して細胞が興奮気味。
テルアビブ辺りは朝晩涼しくなったとは言え、海抜下400メートルの死海周辺は安定した常夏で今こそベストシーズン!ということで行ってきます。
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