漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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海、イスラエルの幼稚園へ!

アパートが決まらず、ホテル内で部屋を移動。ダンボールに囲まれた生活が1ヶ月以上も続くとさすがに、、、。
が、娘の海は「幼稚園に行きたい」ということもあり、テルアビブ市内北部の幼稚園に昨日から通い始めた。テルアビブ市内も幼稚園が足りないので、入れたのはラッキー。
写真は船長が激写した出発の一瞬。
画像
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がびーん

お気に入りで契約直前だったアパートが幻に、、、イスラエルでは最後に実現するまでは実現するとは信じるな、とは自分に常に言い聞かせておきながら、実際に実現しないとかなりショック。

あまりにショックなので、今の部屋にあるテレビのロゴ、えぃ載せちゃえ。
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テルアビブから写真

携帯カメラから取り込めるようになったので、少し写真を。

通勤の道から見える地中海。
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テルアビブではこういう光景をよく目にします。高齢者とフィリピン人介護士達が懇談。これ、テルアビブのど真ん中です。
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今滞在中の場所から見える夕日。う~ん、気分はいつもアップ!です。
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「おおエラン!」

現在私の通勤は自転車。地中海沿いを南から北に上り、約30分かけて事務所に向かう。何とも贅沢な通勤である。海岸沿いは歩いている人、走っている人でいつも賑やかで、なかでも老夫婦が手をつないでいたりすると、お、いいね!といい気持ちになる。

通勤時に見えるヤッフォ!携帯カメラから取り込めるようになって初の写真アップです!
Yaffo from By


昨日の帰り道。子どもを自転車の後ろに乗せた親子が目に入り、特にその子ども用椅子がいいな、と視線を少し止めながら自転車をこいでいると、その視野に入ってきた親の横顔にピピン!ときてしまって、信号を渡ろうとするその親子に向かって「エラン!」と声をかけたら、やはりエラン、そうエラン・コリリン監督であった。懐かしの「迷子の警察音楽隊」の監督である。

その時の「漂流博士」エントリーはこれ↓懐かしい!
「迷子の警察音楽隊」来日

東京国際映画”祭”
「迷子」がグランプリ!

二人で感激の再会!先週電話で話してはいたので、彼は私がイスラエルにいることは知っていたものの、こんなタイミングで偶然会うのはやはり気分がよく、二人でしっかりハグしあって感激を共有した。3歳になる息子を後ろに乗せて「海を散歩していたんだ、今からピタ(パン)を買って帰るところだよ」と言うエランの顔はお父さんそのもの。私も帰路を急いでいたし、彼も夕食に向かって帰っていたところなのでほんの一瞬だったが、「今度子供同士を合わせてのんびり会おう!」とそれぞれいい気分のまま家に向かった。

アパートとの出会いと、嬉しく寂しい再会

アパートが決まりそうだ。イスラエルに来て三日目に見た物件で、第一印象が抜群によかったテルアビブ市内の一部屋。それから他の部屋もいくつも見たが、その部屋が頭から離れずに仕方がなかったので仲介業者に「興味あり」のサインを提示した。家賃など交渉を進めながら、もう一度家族、それに友人と最後に自分達の部屋になってもいいことを確認をするために改築中の部屋に向かった。

「ここは素晴らしい!」”第三の目”である友人も太鼓判を押し、私たち家族も「やっぱりここがいい」と納得して建物から出ると、私の方に向かって「元気か?」と声をかけるサングラスの男性が一人。私の背後の人に声をかけているものと思いそのまま返事をしなかったのだが、もう一度「元気か?」と明らかに私のほうを向いている。「ほら、東京でホモスを食べたテレビ番組をしただろ」。私は何度かイスラエルのテレビに出た事があって、時々「お前のこと見た」という人に会う。ああ、その手の「元気か?」か、と近づいて握手をする瞬間に「ほら、あのときにディレクターしてたヨアブだよ」と言われてビビ~ン!ときた。確かにあの時のヨアブだ。

三年前の5月。イスラエル人のテレビタレントが80ドルで世界を一周するという番組で日本に来ていたディレクターだった。私はその「猿岩石」のイスラエル版みたいな番組の日本のコーディネートをしたのだが、結局出演まですることになった。タレント、音声、カメラ、ディレクターの男性4人のスタッフに私、という組み合わせで一週間東京で仕事をしたのだ。大声で口げんかもして、言い合いもして、それでも男同士の旅仲間で楽しく番組のできも上々だった思い出の仕事仲間だ。

目の前にいるのはその時に大声出していたディレクターのヨアブだった。が、なぜかあの時の勢いは感じられなかった。「どうしてこんなところにいるんだ?」「仕事なんだよ」「ああそうか」と言うと「ごめん、今親父と一緒にいるから」と、足早にその場を去った。その先には一人目的もなく歩いている高齢の男性の背中が見えて、何ともいえない寂しさを感じてしまった。

テルアビブの市内では高齢者とフィリピン人介護者との組み合わせをよく目にする。イスラエルの、都市部で見られる高齢化の縮図のようでもある。あの時に大声出していたエネルギーいっぱいだったヨアブも、今は日々年を重ねて父親の介護をしている、のだろうか。それは全くの想像でしかないのだが、そこまで話が進む前に目の前を去ってしまった彼の姿から感じたことはそんなことだった。

自分がイスラエルのテレビに!

ふとテレビをつけると、見たことのある顔が画面に映っている。

昨夏私がコーディネートした80歳のお元気夫婦だ。チャンネル10の「The Next World」が二週間前から始まったことは聞いていたが、こんなタイミングで目にするとは驚いて寝始めていた船長と海を起こした。

70歳以上の古希野球、日野原先生など、懐かしい顔ぶれをここイスラエルで見るとは昨年8月の撮影時には想像もしなかった。

途中でちょろりとコーディネートをしている自分の姿も画面に現れて、これまた言葉では言えない不思議な気分。私がイスラエルのテレビと仕事をするのは三度目なのだが、イスラエルで番組を見たのはこれがはじめて。

番組のコンセプトは、今後の高齢化社会に向けて元気な高齢者がいることに刺激を受けて元気に行きましょう、という感じなのか、どうもオリジナリティには欠けるようだが、久々の「再会」に嬉しくなったひと時であった。

ブティックワイナリーへ

週末を利用して小一時間のドライブへ。レンタカーは一日60ドル、たか~。5年位前の記憶は一日40ドル。ハイシーズンで50ドル超えたら高いな~と言っていた。とにかく全体的に値段があがっている。

滞在中の趣味としての目的が一つある。ブティックワイナリーめぐり。地中海性気候のイスラエルはおいしいワインがあって日本にもYardan、Recanatiといったところが入っている。そちらも確かにおいしいのだが、個人ワイナリーのようなブランドもイスラエルの中心部に拡がっていて、結構「おお!」というものがある。

小さなワイナリーを巡って、なぜワイナリーを作ったのか話を聞いて、味見をして、その地を感じるというを積み重ねたら何かが分かるかもしれない、というちょっとした野望も持っている。それらのワイナリーは建国後のここ5,60年にできているので、「土地」ということと「国」ということに対する心意気のようなものが味に隠されているんじゃないか、という全く妄想的な「仮説」のようなものが頭にぼんやりある。

でもでも、第一の目的はおいしいワインを見つけること、おいしくなければ始まらない。で、二年前にタクシーうんちゃんに「ワインだったらどこがいい?」と聞いた時に教えてくれたAgurというワイナリーのことをふと思い出して地図を開いて三人で向かった。

おじさんひとり、独学で学んだというワインはずっしり感とすっきり感があわさっていい。お話は後日、写真も後日、として、まずはワインなりーめぐりの第一弾のメモとして記しておく。

Googleで検索したら上位にYou Tubeの動画が出てきました。おじさんも出ています。
Youtube動画はこちら
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