漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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「私もおんなじがいい」

娘の海は日本を出る前から「自分がイスラエルに行く」、ということをしっかりと自覚していたが、お気に入りのおもちゃを「イスラエルに見せる」といったり、まあ「イスラエルとは何なのか」はよく分かっていなかった。

そんな海にとって唯一視覚的に明確なイスラエルはイスラエルの国旗だった。イスラエルを特集したNHKのあるテレビ番組を見たとき、番組冒頭に画面に現れた水色の星と二本の線を見た海は「あれなに?、星があった」と随分気に入った様子で言った。星やハートは4歳くらいの子ども達にとってはかわいいシンボルだ。「あれはね、イスラエルの旗なんだよ」と私が説明しても「旗って何?」とこれまた難問を振りかけて大変だったのだが、いずれにしても、その時から海にとっては国旗とイスラエルが一致していた。

さて、私たちがイスラエルに到着した時。娘の目の前に表れた国旗を見て「ねえ、あれ、イスラエルがある」「あ、あっちにも」「こっちにも」と少し興奮気味に目をキョロキョロさせた。空港を出て街中に入っても、ビルの頂上から地面にかけた巨大な国旗があったり、マンションの部屋にぶら下げた国旗があったり、ひっきりなしに表れる国旗。ちょうど60周年の独立記念を終えた後だった事もあり、国旗が多いのだ。六本木ヒルズ、新宿アルタなどあちこちに日の丸が掲げられたら、と想像するとゾクッとするがイスラエルでは国旗は右派を表わさない。まあ、その事についてはもっと時間をかけた説明が必要なのだが、とにかく娘にとっては不思議な光景だ。「ねえ、なんでたくさんあるの?」と不思議そうに質問してきた。「イスラエルにいるから」というのは大人への回答であって、子どもを納得させるような回答が見つからない。そもそも、彼女にとって国という概念はない。両親にとっては大きな宿題となった。

イスラエルに着いて数日も、海は目に入る国旗が気になったようだが、中でも車にも掲げられている国旗は気に入った。船長と散歩をしている時に「ねえ、こんど車買ったら、私もあのイスラエルの旗つけたい、おんなじがいい」と船長に言った。それだけは勘弁してくれよ~というのが親としての真っ正直な反応だが、ナショナリズム、国家、シンボル、そういうことを考えている私にとっては、わが娘の口から聞いた衝撃的な一言でもあった。
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なかなか始まりません

いや~なかなか落ち着かないです。ホテルの移動、仕事開始、アパート探し。その一方で、インターネットケーブル探し、洗濯機故障、とようやく座ってパソコンに向き合えるのが今。

今滞在している場所はヤッフォ。テルアビブのチョイ南に位置しているのだが、雰囲気は抜群。都市であるテルアビブから車で10分くらいなのに、ここは全くの異国の雰囲気。イスラエルだからただでさえ異国なのだが、ここはさらに異国なのだ。

日常はヘブライ語を話しているイスラエル、とはいってもここヤッフォを歩けばアラビア語が耳に入り、ホテルの目の前の学校はクリスチャン系なので、神父さんが出入りしている。一方で、ここから散歩してほんの5分くらいのところではモスクがあってお祈りをしていて、そのモスクの横をイスラエル人観光客がガヤガヤ闊歩するという光景も目にする。

う~ん、こういうミックスな感じはいいです。がとにかくアパート探しアパート探し、それが決まらないと始まらないのです、イスラエル漂流生活。

やっとつきました~テルアビブ

やっと着きました~テルアビブ!
(ネットアクセスが改善してやっと全文アップできました↓)

これからここで船長、海と三人での生活が始まる。楽しみ、今の気持ちを一言で表現すればこれしかない。

それにしてもイスラエルの通貨シケルがえらく高くなった。と、知識として知ってはいたが、いざ両替すると実感。いや、痛感にちかい。1シケル25円で換算していた5年前と比べると同じ円で買えるシケルの額があまりに違う。今や1シケル30円。なので、イスラエルで拡大しているコンビニのAM/PMに陳列されている品物を全て円換算するとえらく高いぞ。

まあ24時間営業のコンビにだからなんだろうが、トマトが1キロ9シケル(270円以上)というのは目が点。今世紀初期にイスラエルに滞在した私の記憶によれば、最安値の時期だと2シケルを切っていた。ただ、その記憶がここ都心のテルアビブではなく、もっと南のベエルシェバというちょい田舎町だった、ことを考えると単純比較はできないかも。

まあ、いずれにしろシケルが強くなって物価が上がっているのは確か。生活者としてはチョイつらいぞ。

これまた浦島的記憶だが、かつては米ドルで払うことは歓迎された。それが米ドルで払おうとしたら「ドルは価値が下がるからな、できればシケルにしてくれ」と言われる。いや~驚きだ。そういう経済的というか貨幣的な変化、以外にもそんな変化を最も身近に感じた第一日目であった。まあそれもそのはず、空港とホテルしか移動していないから、見えやすいのはそういう数値的なこと。

もっと足を使ってこの街を歩いて、人々に迫って、空気をすってじ~っくり自分をこの地に接近させないと生活や変化というのは見えてこない。二日目の今日はいい天気、ホテルの部屋から近い地中海に向かって三人で散歩する。本当の意味での三人での新たな地での新たな生活の第一歩、はじまりである。

小さな家族の大きな出発

日本から持っていきたいもの第二弾、三弾と写真とってネタはあるものの(ちょ出だしをすればサランラップ!これ絶対)、日々押し寄せてくるダンボールの箱に埋もれてあわただしく、いや、あわただしいなどと言う生易しい表現では収まりきれないくらい怒涛の日々を送っているうちに、海外引越し、国内引越し、と飛ぶように日が過ぎ、飛ぶように家の中の荷物がなくなり、部屋は空っぽになった。

だけど何だろう、返って実感がない。明日から旅たつのである。この慣れ親しんだ団地を離れ、この地を離れて旅たつのだが、この空っぽの部屋のようにスコーンとした空洞の中で自分達の時間が大きな刺激もなくただ漂っているような、そんな感じで、いわゆる手ごたえのような実感がない。

そんな不思議な感覚のまま本日このアパートを退去する。船長、海共々小さな家族ではあるが、一つの大きな出発である。

日本から持っていくもの(1)

イスラエルへの出発まであと一週間。これから数年、漂流一家はイスラエルへ行くことになった。漂流博士in Israelの始まりである。

今は朝から晩まで引越し準備の毎日。今や世界のどこでもほぼ同じものが手に入る時代なのだが、日本でしか手に入らないもの、もある。現地であるものでやりくりしよう、という基本スタンスがあるものの、毎日使うものでかさばらないものは持っていったほうが便利。

ということで、今日は我が家が持って行く日本から持っていくもの第一弾。洗濯物をつるすこれ。これ、これ、少なくともイスラエルにはない。洗濯干す時には紐に直接ぶら下げるほうが一般的で、この洗濯ばさみにつけるタイプは実は普通ではない。日本生活経験者のイスラエル人からも「買ってきて~」と言われる、そういうもんなんで、3つ購入しました。

日本から持っていくもの
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