漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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桑田引退:元野球少年へ

久々のアップでこの話題はないよなぁ~、と自分でも思うのだが思わずパソコン開いて書き始めてしまうのはこの話題なので、桑田に倣って「自然の流れに身を任せて」。

ここのところ漂流博士の生活の中での位置づけがどうも曖昧で、というのも有名人ではない私が今日何した、これ食べた、桜が咲いた、といわゆる日記的内容だけではブログの意味がないなぁ、と思ったり、一方で、ショートエッセーみたいなもんを連日書くというのもエネルギーがいるのでキツイよな~、と思ったり。そんな風に迷ったときは初心に戻ろう!ということで「書く練習」であり、その基本としての継続することの訓練の場としての漂流博士、そうだそうだ、と改めて位置づけを確認しながら肩の力を抜いて書いている。継続は力なり。

そもそもが漂流博士、このタイトルは「私、どこへ流れていってしまうんでしょう」と不安に思って書き始めたわけではなく、今の時代は、どこででも、どんな仕事でも、漂いながらも自らの足できちんと歩く方向を見据えていく力が求められているんだろうな、特に今の定職に着かない(着けない)博士号取得者にとってそれは基本姿勢だよな、と思ったことに基づいている。

さて、「桑田引退」この一言で、予想もしなかった寂しさが私の中には沸いてきた。「PLにすごい1年生コンビがいる」と初めて耳にしたのは私が小学5年生の夏休み、かなり暑い日の野球の試合を終えた直後、車のラジオで高校野球を聞いていたおじさんたちが話題にしていたのを聞いたときだった。それまで甲子園のエースと君臨していた池田高校の水野からホームランを打った、と聞いてまだ見ぬニューヒーローを想像して興奮したことを今でも覚えている。その時から桑田と清原は私の中でずっと野球選手であり続けた。今やそのときのおじさんたちと同じくらいの年齢になった私と同じ世代の元野球少年たちにとって、桑田と清原はマスコミがどれだけイジメても、どれだけ外野が騒いでも、ずっと野球選手として貫き続けてきた文句なしのヒーローであり続けた。

昨日、「桑田引退」と聞いて真っ先に感じたのは、その当たり前に続いてきた24年以上もの時間がもう刻み続けることはない、という「継続の終わり」だった。桑田の人生とは全く無関係の私までもがそんなことを感じたのはかなり予想外であり、それが予想もしなかった寂しさにつながった。PLの選手からプロ野球選手へと桑田や清原が24年間を歩んだ間、私は小学校5年生から35歳になった。しかし、桑田や清原が野球選手である限り、元野球少年といいつつ実はずっと野球少年でい続けられた。ところが「桑田引退」によってもはや野球少年であり続けることはできなくなり、本当の意味での「元野球少年」になる、そんな私自身の継続の終わりがもたらす寂しさなのかもしれない。

私にとっては常に二人だった桑田と清原。これまで本当にお疲れさま、桑田。まだ現役続行の清原、応援してるぞ!
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アキ・カウリスマキ「過去のない男」鑑賞後感

「迷子の警察音楽隊」のエラン・コリリン監督がインタビューで「好きな映画監督は誰ですか?」と聞かれると真っ先にあげていた「アキ・カウリスマキ」、ようやく念願かなってレンタルビデオで目にすることができた。非常に満足、観た後にしばらくその余韻に浸ることができた。

見終わった後「「迷子-」のルーツを見た感じがしたな~」と船長と口を揃えたが、細かいところでクスクスという可笑しなシーンや、四角く仕切られた画面内を丁寧に静かに埋めた映像など、「なるほど~」と何度も頷くような共通性をいくつも感じた。エラン監督はその他多数の映画監督の名前(ジム・ジャームッシュなど)を上げていたし、当然カウリスマキ作品だけを観ているわけではないのだが、好きな監督として真っ先に上げるだけあって、彼が影響を受けた部分を実感しながらの映画鑑賞は一味違った映画の楽しみだった。

さて、映画は私にとってここまで身近な存在ではなかった。しかし、幸運にもここ約半年の間に出会った複数の優秀な制作者達の視点を通して少しずつ身近な存在になりつつある。そして、いつも思うことが、映画は多くの目に届いていいな、という羨ましい気持ち。学術論文はどれだけの人の手に渡るだろうか。しかも、日本語の論文を読める人は限られている。さらにさらに、映画は1時間半程で完成している。膨大な時間とお金を費やしてつくられた作品を、数百円払ってほんの1時間半ほどで味わうことができる。数百円で購入して1時間半ほどで読みきれる学術著書、、、ないよな~。しかも、映画は一時間半ほどで、まるで別世界に連れて行ってくれるようなパワーもある。事実「過去のない男」を観た後で自宅の外を目にして一気に"現実世界"に戻されるような感覚を得た。

そんな羨ましいな~という思いばかりが映画を観る時には沸いてくるのだが、そんな時にはいつも「研究者は監督、演出、主演、PR、音楽全てを一人でできる、かなり恵まれた仕事である」と言い聞かせるようにしている。ただ、全て一人によって作られたものは、批判や客観視が不足しているだけにかなり危ない、ということも忘れちゃいけないな~ということを最近痛感することが多くなった。研究者が言うから正しい、というヤバイ無批判が結構当たり前に存在している。
文字との戦い、文字での制作、日々文字に囲まれている生活に、映画は大きな刺激を与えてくれるようになった。

今日は抜けるような空!いい天気!久しぶりに会う友人達が遊びに来る!ヤッホ~!

訃報:中川牧三氏死去

今朝は朝から少し落ち込んだ。指揮者であり、声楽者でもあり、何より戦前1930年代にヨーロッパへ留学し、イタリアオペラを日本へ紹介、定着させた中川牧三氏が亡くなられた記事を目にした。(参照)

中川氏の実績や略歴は日本イタリア協会の説明が詳しい(参照)

音楽家でもなく、イタリアとも縁のない私などがその偉大な中川氏とは一度だけであったがお会いすることがあった。それだけで大きな経験、とその時以来ずっと大切にしている思い出だ。昨年夏にイスラエルテレビの特集番組「The next world」の取材班が来日取材をした際、中川氏にインタビューをするために大阪の自宅にうかがった(参照)。私は当初から緊張していたが、実際にお会いしてさらにその度合いは高まった。目の前にいるその方が、若くしてヨーロッパに渡り(1930年代!)、帰国後は第二次大戦へ出兵し、上海ではユダヤ人難民に人道支援の手を差し伸べたのか、と30数年しか生きていない私にとって想像すらできない氏が生きてきた「100年の歴史」を考えると自然と背筋がピーンと伸びるような、人生というそのものに敬意を表さなければならない、敬意を表したい、そんな思いでいっぱいになった。ほんの2時間でありながら感じることのできたその「100年の歴史」、そして手を握った時の暖かで滑らかな優しさは、これからの私の人生の宝の一つになるだろう。

漂流博士では何度か「死」に遭遇してコメントを残してきたが(参照:佐藤真監督先代佐渡ヶ嶽親方
イスラエルでの恩師
)、中川氏の死は、生きてきた100年以上の歴史さえも息を引き取ってしまうような、個人の死を超えた死、そんな重さをはじめて感じている。謹んでお悔やみ申し上げます。

ジェリーフィッシュ公開です!

ジェリーフィッシュ


いよいよ今日から「ジェリーフィッシュ」公開!
天気いいな~、どこか出かけたいな~、でもどこ行こうかな~、という方、是非渋谷まで足を運んでください!今日だけの特典もいろいろありますよ!

公式サイト↓
http://www.jellyfish-movie.com/

「手作りの木の家」へ

イスラエルから来日したお客さんを引率すると必ず聞かれる事の一つ。「なんでみんなマスクしてるんだ?東京は大気汚染がひどいのか?」確かに、顔の半分以上も白く覆った人たちがかなりの人数街の中を闊歩する様子は冷静に考えるとかなり異様だ。オフィス街はただでさえ通行人が無表情だし。風邪の時には「他の人にうつしちゃうからマスク」という"常識"も、日本を一歩出れば「え~」と結構引き気味に驚かれると思う。「ピタッとフィット!」「花粉をシャットアウト!」こんなにマスクが洗練されている国もないだろう。私がついつい目を向けてしまうフレーズは「メガネが曇らない!」素晴らしい!としか言いようがない、充実したマスク市場。そんなマスク市場が最も活気のあるこの季節、スギ花粉"生誕の地"秩父(?)の友人宅に家族でドライブに出かけた。家族で建てたというログハウス。一度行きたい、と思い続けてようやく夢実現。天気もよくこの春一番の暖かな火曜日に出発して一泊二日のミニ旅行!イェイ、平日の旅行、というのはそれだけで贅沢だ。

ログハウス、というよりは「手作りの木の家」の方がしっくりくる感じの柔らか~い家、それに、天窓、薪ストーブ。二階からは下を見下ろせる窓もあって、娘は大喜び、興奮して夜も寝付けなかった。確かに子どもには本の中に入ったような、憧れや夢が一杯の空間だろうな~。そういう子ども心を思い出しながら、今は一応大人の私達も非日常的なその空間を満喫して、おいしいもの食べて、おいしいワインにグラスを傾けて、夢空間を堪能した。

ここに行って来ました!

木、天窓、薪ストーブ、といったアイテムもよかったのだが、何より家はそこに住む人たちによって作られるんだな、ということを実感した。無言ながら家が語るような歓迎の雰囲気や、自分の居場所をすぐに見つけられる居心地のよさ、それは目に見える「もの」ではなく、そこに住む人たちが日々どうってことのない時間を積み重ねることでつくられるもの。漂流一家はまだ「定住」してないのだが、どこにいてもそんな家をつくっていきたいな、という暖かな思いを胸に、気分もすっきりと帰路に着いた。

ああ青春の福岡出張

先週は思いがけない出張で二泊三日福岡まで出かけた。初の福岡、フリーになって初の飛行機出張、とワクワク気分で始まった福岡出張。男性三人+犬一匹でマンションの一室に篭って仕事に集中し、まるで合宿のような日々を終えて帰ってきた。

約二年前、「日本人女性と結婚するからヘブライ語の書類を翻訳してほしい」との依頼を福岡在住のイスラエル人男性ガビ(仮)から受けたのだが、その一年後にガビから「日本でビジネスをはじめたいから翻訳してほしい書類があるけど頼めるか?」と依頼を受けた。その翻訳の一部については、実はこのブログでも取り上げたことがあるので「あ~」と思われる方もいるかもしれない、あの翻訳の依頼人である。(参照)

書類翻訳っていうのは一回訳せばそれで終わりだし、顔を合わせるなんてことはまずない(参照)。それが、ガビの場合、日本で結婚、子どもの誕生、ビジネスを開拓、と生活を築いていくプロセスの一つ一つで「訳してくれないか?」と訳者としてかかわる、というなかなか貴重な関係を築いてきた。電話の会話だけでもかなり親しくなり、たかが翻訳者なのだが、彼を見守るようなそんな感覚ができていた。そんなガビから二月末「いよいよ販売開始。イスラエルからパートナーも来るし、集中して2,3日福岡で俺たちと一緒に仕事してほしいんだけど」と「直接」仕事をする依頼を受け、私は反射的に「しっかりサポートしないと」という気分になって二つ返事で引き受け、朝4時におきて羽田発6時半発001便というフレッシュなフライトで飛び立った。

朝8時半には福岡着。ガビと初の感激の対面!何度も電話をする中で私はガビ=ヒョロリとした男性のイメージを勝手に抱いていたので、目の前に現れたかなりガタイのいい男性を見て一瞬そのギャップに戸惑った。仕事は大量にある、というので感激の対面を最低限に済ませ、ビジネスパートナーの同じくガビと座り込んで仕事開始!ビジネスの内容はイスラエル製の完全ナチュラル天然ソープ、それに、死海の泥、塩などの天然コスメティック製品の販売、なのだが今回の仕事の内容はサイトのアップとその中身の日本語サイト製作。二日間で済ませるにはかなりの量だ。

男三人、それに終日ストーブの前で横になっている犬一匹とマンションの一室に座り込み、各自のパソコンとにらみ合い、時折「ガビ、ここの文章はどんな意味?」と最低限の会話を交わしながらひたすら、黙々と仕事に集中した。昼飯はガビがホカホカ亭に買出しに行き、黙々と食べて、また仕事。かなり天気がよかった"らしい"のだが、一歩も外に出ないので外の空気は分からない。そもそも、一体自分がどこにいるのか、私は二日間分からないままだった。朝6時半発の飛行機内ではずっと熟睡していたし、目を覚まして空港からタクシーに乗ってガビの自宅兼オフィスに到着し、ホテルまでの送迎をガビの車でしてもらったので、時折「本当に福岡にいるのか?」と思うほど。

会話の少ない部屋に男三人座り込み、パソコンとにらみ合う二日間を終えて、何とか予定通りのところまでこぎつけた。二日間を終えて私は久々に放心状態、もうパソコンを見たくもない、という極地に達したまま(のでブログ更新もこんなに遅くなってしまいました)飛行機に乗りこみ帰宅した。

ガビからの依頼は翻訳者、というよりも保護者のような感覚で引き受けるので、今回も頼まれたことをこなす、というよりも「きちんとビジネスが軌道に乗るかな」ということを第一に考えた。かなり研究した、という天然ソープはパッケージも含めてかなり出来がいい。きちんとした手順と、きちんとしたPRをすれば、その結果は出ると信じている。そこまでのプロセスはまだあるが、これまで通り着々と進んで行けるな、という確信を直接対面して得られたことも大きな収穫。翻訳者にはまだまだ知らない魅力があるのかもしれない。

『アラブ政治の今を読む』を読む

※かなり長いです。二回に分けるのも読みにくいので、一つにまとめました。(つづき)があった所にはその旨印をつけました。
アラブ政治の今を読むアラブ政治の今を読む
(2004/02/25)
池内 恵

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   このブログでも一度取り上げたことのある(『書物の運命』参照:)イスラーム思想史、中東地域研究を専門とする池内恵氏による単著。であるが、一つの論文ではなく、9.11事件からイラク戦争にかけて二年間にわたって新聞や雑誌で掲載された論文やコラムを集めたものなので、厚めの本でありながらどこからでも読み始める事ができる手軽さがいい。
随分前から読みたいと思っていた一冊で、2004年出版なので随分時間差なのだが、ようやく図書館から借りて読んでいる。返した後も読みたいので改めて購入して手元におきたいと強く思う。そういう本である。さらに、この本より前に出版され、度々筆者が言及している『現代アラブの社会思想-終末論とイスラーム主義』(講談社現代新書,2002)も併せて持っておくのがいいと思う。

   池内氏の文はとにかく読みやすい。まず、読書を通じて本の底流から感じられる言葉のリズム、それに、自分と社会(学会、国、国際社会等)の距離感がとても馴染みやすい、というか、何ともいえない親近感に基づく安心感がある。それは、同じ年代だからじゃないのか、という単純な理由のような気もするし、丁寧に読めば読むほど、氏の研究姿勢と丁寧な記述が自分の思い描く"目指したい研究者"の姿勢や記述に近く、目標を見つけたようなワクワク感のような気もする。いずれにしても、池内氏の文章は基本的に短く、すっきりしている。
   文字という媒体を使って何を言いたいのか、誰に言いたいのか、という研究者としての基本姿勢がしっかりしているからこそできるのだろうが、何よりこれまでの知の蓄積が相当分厚いことを各所で実感する。同年代でほぼ同じ時期に留学していた彼の文章を目にすればするほど「自分は一体これまで何をしていたのか」という恥ずかしい思いにもなるのだが、それ以上にメモしながらどんどん入り込むような思考の化学反応が激しいので、その反応を忘れないように彼の文章を引用しながら書き留めておきたい。

まず、池内氏の出発点は「まえがき」に明確に提示される:

テロ事件からイラク戦争にかけて、アラブ世界に対する関心は格段に高まった。新聞やテレビで、なんらかのかたちでアラブ世界やイスラーム教にかかわる話題を見かけない日はないといっていいほどである。しかしそれによって理解が深まったかと言えば、かなり疑問である。メディアに溢れるのは断片的な情報にとどまり、往々にして一面的な解釈が幅を利かしている。単なる現地事情の紹介を超えて、情報を取捨選択する基準と、情報を総合して判断するための枠組みや視点を提供することが、本書の目的である(まえがき,7)。

アラブやイスラームに関する情報が断片的なのは何もメディアだけにその原因があるのではなく、大きな原因は日本のアラブ・イスラーム関連の専門研究内部にある、とするところに池内氏の主張に新しさを感じる:

戦争や事件などによって中東やアラブ世界・イスラーム世界に関心が集まるたびに、日本の専門研究者が論壇に登場し「日本人はアラブ・イスラームについて無知だ」「欧米はイスラームに偏見と敵意を持っている。欧米のイスラーム報道はあてにならない」などといった批判が活発に呈されるのだが、宗教・思想・政治・経済・社会を何もかも一緒にして「アラブ」「イスラーム」なる観念的な実体を措定してきたのは、むしろ日本の専門研究者の方である。「アラブ」「イスラーム」に一方的に肯定的な属性を論じてきた点が、研究者の批判する「無知・偏見」に満ちた報道や欧米の議論と異なるところなのだろうが、価値判断が反転しただけで本質主義的な議論であることにかわりはない。「肯定的な本質主義」に沈潜した研究こそ「良心的・真摯」な営みであるという観念が研究者の間で共有され、そのような研究に対しては「感銘を受ける」といった身振りを示すことが「好ましい作法」として半ば強制されてきた(第二章「アラブ認識の視座」:56)

この日本における研究姿勢に対する指摘は本書のみならず『書物の運命』でも『現代アラブの社会思想』でも一貫している。時々覗く「極東ブログ」でもこの本を取り上げているが、その辺りの日本の言論に対する池内氏の指摘を含め「日本の知的レベルが沈没しているなかで、当たり前の知性が目立つという皮肉か」という鋭い言及をしている。参考「極東ブログ」。いずれにしてもこれまでだれも指摘しなかったことを明示したことはやはり高い評価に値するだろう。

私はアラブやイスラーム研究に身を置いたことはないのだが、氏が批判する「肯定的な本質主義」という風潮は外から見ても何となくだが分かる。それは、次のような単純な疑問を私もずっと抱いているからかもしれない。

テロ事件直後から、ずいぶん多くのアラブや中東・イスラーム世界に関する書物が出版された。(中略)けれどもそれらを読んでみても、ビン・ラーディンやザワーヒリーといったアラブ人がなぜわざわざアフガニスタンに行って銃を持って駆け回ったり、何やら指令を出して若者を自爆しに行かせたりしたのかが、よく分からないのだ。彼等の置かれた環境や歴史的経緯、特にアメリカとイスラエルの政策を中心とした国際政治上の背景というのがよく解説されるのだけれども、肝心の彼等の内面を突き動かす原動力には触れられていない。「アメリカが悪いからこうなった」と言いたげな議論も多い。主観による善悪の判定よりも、「なぜ・どのように」こんな事件が起きたかという疑問に答えて欲しいものである(48-49)。

確かに、アメリカやイスラエルを含めた地域枠組み的(国際政治的)な「紛争の原因」については活発に論じられるが、内側に目を向けているようで実は向いていないという違和感を私も持っている。これまで漠然と感じていたそのような違和感がほぐされるような感覚、これは「書物の運命」を読んでも感じるのと同様、本書を読んでも感じられる。前回ここで「書物の運命」を取り上げた際には(参照)、私の感想が主で池内氏が何を言っているのか、ということをはっきり紹介していなかったいう反省がずっとあったこともあり(コメントもあった)、私が化学反応を起こす箇所についてまずはきちんと確認しておきたい。

(つづき、と入れていたところ)

さて、イスラエル、は紛争のコンテクストでよく論じられる。特に地理的に遠い日本では紛争のコンテクストが欠かせない、と言ってもいい。じゃあ、その内側は一体どうなっているんだ?なんで紛争が終わらないんだ?という単純な疑問に応じられる議論はまだまだ十分とは言えない。そこに、つまりイスラエルの内側に迫る視点に研究者としての課題があるのではないかと私は思う。イスラエルを支持する、武力行為を肯定する、といった盲目的なシンパを意味するのではない。イスラエル、という空間では一体どんな営みがあり、どんな政策があり、何ゆえそんなことが起こっているのか、と内側に迫る基本姿勢がまだまだ求められていると思うのだ。そして、非難ではなく批判的思考、言い換えれば、イスラエルに存在する言論の舞台で対等に値する議論を組み立てることが必要ではないかと思う。批判は単なる反対を意味しない。日本語の言論でのみ受け容れられる批判はあまり意味がなく、その対象となる現場(の内側)で受け容れられなければ批判としての意味はないだろう。そうした野心を抱く私にとって『アラブ政治の今を読む』を読みながら、希望的な未来への視野、とも言える、若手研究者の姿勢として、私が刺激を受ける部分を最後に紹介したい。

『現代アラブの社会思想』が大佛次郎論壇賞に内定(結果は受賞)したことを受けて『論座』に寄稿した「地域研究は政策決定にどう貢献できるか」に手を加えた「地域研究と思想史にできること」が、「第二章:アラブ認識と視座」の最後に所収されている。池内氏の研究姿勢と今後の目標がよく伝わってくる箇所でもある。

具体的な内容については実際に手にとって読んでいただきたいのだが、基本的な地域研究と思想史の手続きの方法とその重要性については「往還する理念と現実・その対象化」に凝縮されている:

筆者はアラブ世界を対象とする地域研究を、主に思想史の切り口から行なっている。思想史という方法論もまた、極めて不安定なものである。約言すれば、思想史研究者が「理念と現実」の関係という永遠の課題にどれだけ意識的に対処できるか、そこに思想史研究の成否はかかっている(70)

そして、理念と現実について筆者は次のように説明する;

理念は何らかの意味で現実の産物である。理念は現実を何らかの意味で反映しているだろう。しかし特定の理念的体系が現実を表象する透明な媒体であるとは限らない。地域固有の理念的体系は、その地域の現実を理解する重要な手がかりである。しかし、理念的体系はその地域の現実を写し取る鏡ではなく、そのままでは地域の現実を把握する分析概念とはならない(70)

このような理念と現実の理解は、従来の思想史研究が現実よりも理念を上位におく傾向があり、そのために現実認識が曇ってしまう危険性がある、という筆者の認識に基づいている。アラブ思想には○○のような理念がある、と特定の理念の体系を紹介するのではなく、アラブ思想がアラブ諸国政治や地域政治の展開でどう作られて、それがどう政治発展に影響を与えるのか、という作業の必要性を説く。この辺りは化学反応というよりも「フムフム、なるほど」と私などはひたすら納得しながら読んでしまうのであるが、この論文のメインはあくまで「地域研究と思想史にできること」であって、筆者はさらに書き進む。

地域研究と思想史が踏むべき手順を記してきたが、このような地道な営為を通じて、日本の「論壇」というものにいかほどに貢献をなしうるのか。これは「論壇」が政治的な決定を議論を通じた選択によって行うための場、すなわち「公共空間」を提供する場という意味で機能しうるか、という問題に関わっている(72)

いわば「公共空間」の構築における「縁の下の力持ち」になることが「できること」という。このような「できること」「貢献できること」を明らかにする姿勢を目にすることで、何のために研究という仕事をするのか、という自分自身への問いに返ってくる。その時、私は今後の姿勢を考えつつ「往還する理念と現実・その対象化」に戻るのだが、さらに読み進めると、「理念と現実」の論じ方として「おお!」と反応したくなる箇所にぶつかる:

現実的な国際政治認識と選択肢の提示の必要性を論じることは、理念の力を等閑視するということではない。現在の日本では「理想主義」と「現実主義」があまりにかけ離れて理解されてはいないだろうか(73)

「フムフム」という納得を超えて、大きな化学反応をした箇所である。留学期間を経て私が得た事の一つに、現実と理想は相反するものではない、現実を理解するということは何も理想に反する行為ではなく、そもそも現実と理想を対立的には捉えられない、と感覚的ながら理解したことだった。その感覚を文字として目にしたような感覚であった。「理想主義」と「現実主義」がかけ離れている現状について筆者は述べる:

「理想主義」はイデオロギー的断定に限りなく近くなり、しかも説得力を言論を通じて示すのではなく党派的結束によって維持することを、自明視していないか。他方、「現実主義」は剥き出しのエゴイズムと同一視されたり、現状維持を旨とする官僚的な対応の積み重ねに化されていないだろうか。(中略)両者の対立は、結局のところ、冷戦時代に形成された対立構造が双方において既得権益化して硬直化し、冷戦の終焉にもかかわらず様々な理由から残存しているにすぎないだろう(74)

そして、研究者に「できること」として、「理念と現実」を現実主義と理想主義という文脈で最後に述べて筆者はこの稿を締めくくる:

真の現実主義とは、現実世界の中で理念が果たす役割を認識し、その働きを十分に考慮し、みずから理念の形成と発展に寄与してその地位を確保してゆくものではないだろうか。世界各地で沸き起こる、多種多様な理念の力を把握し、その帰結を見極めることのできる現実主義が、必要なのである。地域研究と思想史がそのような意味での現実主義に寄与する余地は大きく存在する(75)

明確な批判をしつつ、それが単なる不満に留まらず今後の改善策や方向性をきちんと示しているところに、この本を読む心地よさ、そして私が言うのも変だが「若さ」があるように思う。アラブやイスラームについては不勉強過ぎる、と自覚する私でもこの本の読書を通じて様々な化学反応を起こす。それは、何を研究するのか、ということよりも、どう研究するのか、なぜ研究するのか、という当たり前だが研究の現場からはつい見逃されている研究者としての姿勢や心構えについて真正面から発言しているからではないだろうか。そういう意味で、是非手元においておきたい一冊である。
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