漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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日野原重明先生を独占取材!

今回の取材にはいくつか目玉がある。現地コーディネートという立場からすると、元気な高齢者というテーマのドキュメント番組で聖路加国際病院の日野原先生に出演いただけることは大きな誇りでもある。今回ようやくいただけた時間は4時30分から5時までの30分間。その時間を確保するために事前に結構強引な直談判もしているし(参考:7月15日の漂流博士)、すでにアポをとったという結果もあるので満足なのだが、イスラエル人スタッフにはその重みが分からない。

当日の朝になり、30分じゃ足りない、現役として仕事している場面を撮りたい、診察しているところを撮りたい、病院の中を歩いているところを撮りたい、だから1時間半は必要、と無茶苦茶なことを言う。日野原先生だよ、30分いただけただけでも感謝してその中でできることをしなよ、と言うと「私たちは遠くから来てるんだから、もう来れないんだから」とお決まりの安っぽい印籠を出す。私はこの印籠が取材者というプロ意識に反しているので嫌いだ。取材者は取材協力者の理解があってようやく仕事ができるんだから、与えられた時間で最大限できることをするべきだと思うし、ドキュメントなんだから全て一本勝負でいいと思うのだ。現地コーディネートとして意識するのは、こうした無茶な話を無茶だといいつつ、安っぽい印籠は使わずに取材協力者から少し可能性を見出すところにある。妥協点を見出すのだ。しかし、今回は日野原先生、5年先までのスケジュール帳を抱えて一日16時間働くという先生と見出せる妥協点があるはずもない。ベッカムが単独取材に30分応じてくれる、と言ってくれたらその中でできることを考えなきゃダメでしょ、当日になってドリブルしろ、ビクトリアと手をつないでくれ、だから一時間半欲しいと言ったところでそりゃ無理だろ、と言っても「何とかなる」と言って聞かず、まずは早く行こう!ということでなんと約束の2時間近く前に現場に到着した。

「彼のオフィスはどこだ」「有名人なら誰でも知ってるだろ、そこに行こう」と暴走気味なので、「そんなことしたら30分さえ無くなるゾ」と暴れる猛獣を抑えつつ、総合案内所に向かって理事長室に連絡してもらう。「やはり先生はスケジュールが詰まっていて4時半からしかないそうです」と丁寧に対応してもらい、それを告げるとようやく納得してガックリとうなだれた。30分あるということよりも、1時間半ない、という方に完全にシフトしてしまっていて、一様に落胆の雰囲気に包まれてなんだか取材拒否されたような変なムードが広がった。

その後しばらく川ッぺりに座ってボーっとして、少し元気を取り戻して4時15分に理事長室へ。

前のミーティングの最中であるにもかかわらずちょろちょろ覗き見してカメラの準備、そして4時30分になり、秘書の方が「どうぞ」というタイミングと同時にいざ日野原先生のオフィスへ。リポーターが部屋へ入り、握手をして「あ、君たちイスラエルから来たの、グレート!」と打ち合わせも何もなくそのまま取材がスタートした。リポーターも舞い上がりながらも、この取材が何なのか、なんで日野原先生に会いたかったのかを告げると、先生は「ちょうど『TIME』でも私のことが取り上げられたところですよ」と突然の英語インタビューでも全く動じずにどんどんお話してくれる。

5分ほどして、「すいません、先生、このフロアーをちょっと見せていただきたいのですが」と言うと「はいよ、こっちこっち」とスタスタ歩き出すのだがそのペースが本当に速くて、リポーターもカメラマンもついていけない程で、「先生待ってください!」と追っかける。病院内をスタスタ歩くと、職員からも「え、日野原先生だよ」と多くの視線を独占し、その後をイスラエル人スタッフが追いかけるというかなり珍しい光景が病院内にうまれた。

ちょうど患者さんに会って、体の具合などを聞きながら簡単な診察までして、終わるとまたスタスタと部屋に戻っていった。賞味3分くらいだろうか、あっという間のできごとにプロデューサーも「信じられない」と興奮しっぱなしで、私もあんなに元気なイスラエル人スタッフが先生を追いかける光景が不思議でたまらず興奮と動揺のしっぱなしだった。

5時になり撮影終了。終わってみれば、現場の姿、診察の様子、病院内を歩き回る様子、が全て撮影できていて、私は日野原先生に感激しっぱなしだった。5年先までつけているというスケジュール帳を目にすることもできたし、何より現場で元気にはたらく日野原先生の姿を目の当たりにしたことは人生の大きな経験でもあった。

スタッフたちは撮影後に日野原先生の偉大さに気付いたようで、しばし「すばらしかった、すばらしかった」と余韻を味わった。「ほら、言ったじゃないか、何とかなるんだよ」とでも言ったら、許せないが、みんなでいい気持ちになって余韻を楽しめたからいいか、と元気に次の取材地に向かった。(取材時の写真は後日追加します!)
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