漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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第17回全国古希野球大会

<<本日初めて動画アップしてます!>>

イチローや松坂のプレーを見て、「元気だね~」「がんばってるね~」とは言わないだろう。自分ではできないプロのプレーはいつも「すごい!」「さすがだな~」と興奮させてくれる。そんな胸の高ぶりが蘇ったのが、

全国古希野球大会

それは私にとって想像を越えた全く新しい世界との出会いだった。今でもあの衝撃を、あの興奮をどう表現すればよいのか、自分の表現力の乏しさになんともじれったい思いで一杯だ。「まだまだ元気なプレー」「がんばるおじいちゃん」といった表現は"高齢者"や"古希"のイメージに束縛された安っぽい表現でしかなく、実際会場に来ていた人たちが口々に「なに、こんなのがあるの?」「すごい、知らなかった」と言っていたように、まさに人生観が変わったと言っても過言ではない程の衝撃を受けた。

17日より川崎等々力球場で開催されている全国古希野球大会(今日21日が決勝)には全国から44チームが参加。兵庫代表の「神戸ロマンズ」には今回イスラエルテレビの元気な高齢者をテーマとしたドキュメントの取材にご協力いただいているのだが、今回開会式から翌日の一回戦にかけて一泊二日私を招待してくださり、初めてお会いする機会が与えられた。

「神戸ロマンズ」は小西範幸監督以下40名近い部員で構成されるが、一言で表すならば、強い野球チーム。野球経験者なら分かる、あの、強いチームが発する自信、強さの雰囲気があるのだ。開会式後の夕食で一言あいさつをする時、その空気が試合前の野球チームの雰囲気であることを感じて私は結構圧倒された。

高齢者が集まる場、いや草野球チームが集まる場でも、「若いね~」「いまのうちだよ体動くの」「年取ると肩が上がらなくなってさ~」と言われることが多いのだが、そうした若い時を振り返る言葉が全くないのだ。一人一人とお話をしていくと、これがすごい。

「俺なんか小学校の頃からもう50年以上、60年くらいずっと野球やってることになるな」と言った游さんは、大学時代村山実とバッテリーを組んでいたキャッチャーで、今でも正捕手で四番を打つ。「他にもいろんなのがおるで、ここは」と紹介された溝畑さんは、昭和25年甲子園予選準々決勝で完全試合を達成し、その後神戸製鋼に入って都市対抗野球に出場して後楽園のマウンドを何度も踏んだ小さな大投手。

私よりも小さいであろう溝畑さんが横に座って話をしてくれた、

漂博:完全試合したのって、どちらの高校だったんですか?
溝畑:私はね、兵庫の明石
漂博:え、明石と言えば、島投手、じゃあ、あの中京との延長25回
溝畑:ああ、あの翌年(昭和8年)に僕が生まれて、あの延長25回の試合のときの一塁手の方が私を見初めてくれて明石で野球ができたんですよ。あの時27アウトのうち16は三振でしたね。

小学生の頃『高校野球大百科』という本を何度も読んでいた私には、昭和25年頃の高校野球と言えば白黒写真の野球で「昔の人たち」だ。その白黒の「昔の人たち」がいきなり目の前にあらわれて、しかもまだ野球をやっている、というのだから興奮と混乱で自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。

漂博:今でも結構いけるんですか?(舞い上がってしまい、どうでもいい質問を投げかける)
溝畑:ええ。でもね、練習しなければだめですよ。
漂博:練習、するんですか?
溝畑:チームの練習もね、それに見えないところで自分でトレーニングしないとだめなんですよ。今でも一キロの鉄バット700回位は振るんですよ(古希野球だからと言って70回ではない)。

自慢するでもなく、説教するのでもなく、溝畑さんは淡々と話す。

溝畑:それからね、私は遠投するんですよ、遠投してそのあとしっかり投げるんですよ。よう投げますよ、遠投。
漂博:明日も投げるんですか?
溝畑:いやいや、他にいますから(確かにすごい投手層)。でも試合は出ますから、見ててください。

本当に、どんなプレーが見られるのかワクワクしてきた。さらに溝畑さんが立ち上がるときに見えたふくらはぎがアスリートの鍛え上げられた形で、それにもビックリした。

横にいたカンさんが「ほんと、ここはすごいでしょ、前は阪神タイガースで140勝あげた梶岡さんもうちでプレーしてたんですよ。わしらが子どもの頃甲子園球場に見に行って投げていた投手ですよ、そんな人と一緒に野球やるなんて、ゆめにも思わんでしょ、そんなゆめにも思わん人と野球できるんですよ」と古希野球の楽しみを教えてくれる。

イチローや松坂と70歳を過ぎて一緒に野球をする、なんてゆめにも思えない。しかし、こんな世界が実際にあるのなら、もしかしたらそれは実現可能な夢なのかもしれない。だが、私がこれまで生きてきた35年と同じだけ今から生きてやっと70歳デビュー、それだけで夢のようだ。

古希野球は全国で66チームあるのだが、60歳以上の還暦野球になると全国で392チーム、競技人口は一万人を超える。70歳を越えて勝つために白球を追う世界なんて、おそらく地球上でここだけではないだろうか。

翌日の試合、それはもうスゴイ!の連続。あとは以下写真で!

選手宣誓!
Koki03


ウェイティングサークルで溝畑さん1
溝畑さんスウィング1


ウェイティングサークルで溝畑さん2
溝畑さんスウィング2


層の厚いロマンズ投手
ロマンズ投手1


「神戸ロマンズ」ではないですが、その前の試合のミニムービー。全国古希野球大会のレベルは実感してもらえると思います。
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なんだかんだ人生は短い(その2)

35歳って結構ターニングポイントだよな~と実感しながら帰宅すると、ポストに「神戸ロマンズ」から手紙。

「神戸ロマンズ」、70歳以上だけの古希野球チーム。

といっても、おじいさんの野球、、、ではない。

勝負にこだわり、日々練習に励み、今は来月の全国大会優勝を狙う現役バリバリの野球チームなのだ。

8月末にイスラエルのテレビ局が取材する際に日本の元気な高齢者として出演していただくことになり、その承諾の手紙が送られてきた。

手紙も熱い。先月行われた西日本大会を振り返る内容で始まる。経験をつんだ左右三名の層の厚い投手陣をそろえ、6点リードしながら後半逆転されて野球の厳しさを味わった、と悔しさがまだ滲む。手紙の主で「神戸ロマンズ」の総監督である小西さんはかつて糖尿病で歩けず、喋れずの状態から還暦野球の存在を知り、若いころ打ち込んだ野球で再びグランドに立つことを目指し、77歳を迎えた今では元気に白球を追う。それも、楽しんで白球を追うだけではなく、勝負に勝つために追っているのだから、すごい。電話口での声にもツヤがある。

古希野球チームは全国に100以上ある。同封されてきたチーム紹介はどれも現役のエネルギーに満ち溢れている。「銀ちゃんは一球目から手を出すからダメなんや」と病床で搾り出すようにして88歳で逝った監督の「遺言」に奮起した銀ちゃんが、次の試合でじっくりと見極めてきれいにヒットを打つとその日は三安打、チームは劇的なサヨナラ勝ちで沸きあがった、と読みながらゾクゾクする元気いっぱいのチームがゴロゴロしている。

35歳でターニングポイント、、、

いやいや、漂流博士があと35年生きてやっと古希野球のルーキーじゃないか!
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