漂流博士

仕事は仕事、人生は違うところにある。

  

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ガーナの甲子園でカストロ前議長90歳祝い!?

ガーナに甲子園がある。
ガーナにもそれなりの野球小僧がいるので、2年前日本の支援で球場を整備した、その名が「ガーナ甲子園」。

土曜日、久々に体を動かそうと、ユニフォームに着替えて練習に向かった。土曜日午前中であれば若者が練習している時間だ。
球場に到着すると、なにやら賑やか。テントと折りたたみ椅子の即席スタンドもあるぞ。バックネット裏のフェンスにはガーナの国旗、ん?キューバの国旗も?!
聞けば「カストロ前議長の90歳祝福記念試合」なんだそうだ。

ガーナとキューバの関係は実は深い。
ガーナ国内の医療関係者の多くがキューバ留学経験者、人物交流が盛んなのだ。
普段はあまり見かけないガーナ野球ベテラン組が大勢いる、実は彼らの中にもキューバ経験者が大勢いるんだそうだ。ガーナと野球の接点は実はキューバなのか。

記念試合は、ガーナ若手チームvsガーナ在住キューバ人とキューバ留学経験ガーナ人、そして日本人の混合チーム
急遽僕もキューバのチームでプレーすることになった。

練習だけのつもりだったのに、キューバ人と野球するなんて感無量。
しかも、ガーナ甲子園!う〜ん、気持ちいい!!
cubaatkoshien
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もう一度日本文理!

8対2になった頃にさすがに出勤しなければという時間になって、「あ~もうだめだな」と下向きながら自転車をこいだ。

職場についてパソコン上げて、最初のページで「日本文理脅威の粘り」を目にして、あわてて船長に電話すると「すごいよ、すごい、ほんとすごい」と興奮していて言葉という言葉が全てスゴイになっている。

2アウトランナーなし、ツーストライク、6点差、そこから一点ずつ積み重ねた5点。そんな流れを見ていればそれは興奮しちゃうはずだ。

新潟県勢のチームで全国レベルで戦った、しかもそんな「脅威の粘り」で最後まで諦めずに戦い抜いた文理の選手を思うとじわじわと熱くなってくる。そしてもうこのチームでできないんだな、と思いながら涙したキャプテンのコメントを読みながら、自分のことを思い出してさらに熱くなる。

きっと新潟県の視聴率はものすごかったと思うけど、我が家もテルアビブでしっかり応援。ネット時代にも感謝。素晴らしいものを見ることができて本当によかった、ありがとう文理!

桑田引退:元野球少年へ

久々のアップでこの話題はないよなぁ~、と自分でも思うのだが思わずパソコン開いて書き始めてしまうのはこの話題なので、桑田に倣って「自然の流れに身を任せて」。

ここのところ漂流博士の生活の中での位置づけがどうも曖昧で、というのも有名人ではない私が今日何した、これ食べた、桜が咲いた、といわゆる日記的内容だけではブログの意味がないなぁ、と思ったり、一方で、ショートエッセーみたいなもんを連日書くというのもエネルギーがいるのでキツイよな~、と思ったり。そんな風に迷ったときは初心に戻ろう!ということで「書く練習」であり、その基本としての継続することの訓練の場としての漂流博士、そうだそうだ、と改めて位置づけを確認しながら肩の力を抜いて書いている。継続は力なり。

そもそもが漂流博士、このタイトルは「私、どこへ流れていってしまうんでしょう」と不安に思って書き始めたわけではなく、今の時代は、どこででも、どんな仕事でも、漂いながらも自らの足できちんと歩く方向を見据えていく力が求められているんだろうな、特に今の定職に着かない(着けない)博士号取得者にとってそれは基本姿勢だよな、と思ったことに基づいている。

さて、「桑田引退」この一言で、予想もしなかった寂しさが私の中には沸いてきた。「PLにすごい1年生コンビがいる」と初めて耳にしたのは私が小学5年生の夏休み、かなり暑い日の野球の試合を終えた直後、車のラジオで高校野球を聞いていたおじさんたちが話題にしていたのを聞いたときだった。それまで甲子園のエースと君臨していた池田高校の水野からホームランを打った、と聞いてまだ見ぬニューヒーローを想像して興奮したことを今でも覚えている。その時から桑田と清原は私の中でずっと野球選手であり続けた。今やそのときのおじさんたちと同じくらいの年齢になった私と同じ世代の元野球少年たちにとって、桑田と清原はマスコミがどれだけイジメても、どれだけ外野が騒いでも、ずっと野球選手として貫き続けてきた文句なしのヒーローであり続けた。

昨日、「桑田引退」と聞いて真っ先に感じたのは、その当たり前に続いてきた24年以上もの時間がもう刻み続けることはない、という「継続の終わり」だった。桑田の人生とは全く無関係の私までもがそんなことを感じたのはかなり予想外であり、それが予想もしなかった寂しさにつながった。PLの選手からプロ野球選手へと桑田や清原が24年間を歩んだ間、私は小学校5年生から35歳になった。しかし、桑田や清原が野球選手である限り、元野球少年といいつつ実はずっと野球少年でい続けられた。ところが「桑田引退」によってもはや野球少年であり続けることはできなくなり、本当の意味での「元野球少年」になる、そんな私自身の継続の終わりがもたらす寂しさなのかもしれない。

私にとっては常に二人だった桑田と清原。これまで本当にお疲れさま、桑田。まだ現役続行の清原、応援してるぞ!

今年のシーズン終わる

阪神がクライマックスシリーズで二敗とあっけなく終わり、トラファン漂流一家のシーズンも終わった。そのショックで更新遅れ、、、というわけではないのだが、一日遅れで久しぶりの野球ネタ。シーズン前からセ・リーグ上位三位は阪神、中日、巨人は不動であって問題は順位、と予想はしたものの振り返ればポストシーズンに進めたのが御の字という結果であった。それにしても、短期決戦に弱いのはなぜか。

川上に全く歯が立たない第一戦を見ながら、2005年の日本シリーズ対ロッテ戦を思い出してしまった。あの時もそうだが、短期で勝つためのデータ対策をしているんだろうか。思わず手が出てしまう阪神と、そこを見極める中日、打者を見れば一目瞭然だ。しかも二勝をかけた先発が下柳と上園、一方中日が川上と中田では、「勝てそうにないな~」と感じながら、やっぱり負けに進む、そんな二日間はロッテ戦と全く同じだった。

私が岡田だったら、ということは私だけではなく多くの阪神ファンが考えることだが、基本的にもっと若手を根気よく使うべきだ、という点についてはシーズン中から注文を付けたい点である。その一人が桜井。桜井を一軍に!とは二年以上前から船長と意見を共にしていたので、私たちから見ると、遅すぎるのではないかと思うくらいだ。選手の状態は目の前のスタッフが最もよく分かっている、と一歩譲ったとしても、シーズン中の使い方はあんまりだろう。チャンスで打順桜井、という場面で何度桧山に代打が送られたか。後半こそ桧山は価値ある一本を打っているが、7月8月はどう見ても打てないオーラが桧山から出ていた。そんな桧山に目の前で代打を告げられた桜井自身は相当悔しい思いをしたに違いないが、そんな断片的な使い方でも気持ちを切らずに最後まで出たことが来年以降の力になることを期待したい。投手の場合は若手であっても怪我も恐れず使う割には、野手の使い方はどうも中途半端。若手の使い方含め、シーズン通したコーチ陣との意思の疎通が今後の基本的課題ではないか、と私は見ている。

それから、派手ではないが評価すべきは野口の打撃。矢野の隙間を埋めるような出場が続く中、少ない機会にきちんとヒットを打つ、クライマックスシリーズでもしっかりヒットを打つ姿からは学ぶものが多い。ずっと試合に出ている選手と違い、気持ちの面でも、また技術面でも一球に向かうのは難しい。それでありながら、出る試合ではきちんとプロとして仕事をする、その集中力は私も是非見習いたい。

とにかく長いシーズンが終わった。選手にはゆっくりと休養をとってもらいたいが、はらはらしている選手も多いだろう。プロ野球選手は一流以外は単数年契約。クビになるかもしれない、その危機感と向き合う選手も少なくない。博士の就職に関する内容で「非常勤といっても年収500万で不安定」という記事を目にしたことがあるが、プロ野球選手の最低年棒は440万円。体資本で夢を売るプロ野球選手、そんな彼らが球場に戻る来春まで漂流一家の野球観戦もしばらくお休みである。ちなみに、これから盛り上がるクライマックスシリーズは中日!落合のような野球が優勝しないと野球は面白くならない。

プロ野球も最後は努力、天晴れ!カトケン

※最初に断っておくが、漂流一家はトラファンである。

プロ野球終盤になり、セパどちらも"激戦"となり目が離せない。といってもテレビ観戦はしてられないので、Sanspo.comで多くの情報を入手しているのだが、今日の一面「巨人・加藤、でっかいプロ1号3ラン」には船長共々感激してしまい、漂流博士「野球ネタ」の第一号に取り上げることにした。繰り返すが、我が家は巨人ファンではない。3歳の娘にとって野球とは阪神であり、阪神とは野球である。

私はカトケンこと加藤健がまだ高校一年生で、しかも甲子園予選の一回戦というまさに高校デビューの試合をスタンドから見ていたのだが、高校一年生とは思えない体の大きさ特に肩幅、そして肩の強さにしびれてしまい「覚えておこう、この選手」と頭にメモをした頃から陰ながら応援してきたのだが、船長も高校生の時に予選でガンガン打ちまくっていた頃からカトケンに一目おいている。我が家は夫婦揃ってカトケンの影の"応援団"である。

甲子園に出場した時には現在横浜ベイスターズでプレーする古木が注目スラッガーとして四番を打っていた愛知代表の豊田大谷と対戦し、一回戦で負けた。その1998年の秋のドラフトで巨人に上原、二岡に続く三巡目で指名され入団しているが(古木は横浜から1位指名)、サンスポのデータは1999年となっている。それは大きな間違いだ。1998年のドラフトと言えば松坂大輔の行き先が注目された年で、松坂本人は横浜を希望しながら、西武が交渉権を引き当てた年であり、まさに"松坂世代"がプロ野球選手に放出された重要な年なのだ。サンスポ訂正を頼む。

ちなみに、カトケンと高校時代バッテリーを組んでいた富樫投手はその後川崎製鉄千葉に進み、2001年に6巡目で日本ハムに入団した。

巨人に入団した後のカトケンは、阿部が入団(2000年)してすぐに正捕手の座に就いて以降出場機会が完全に絶たれてしまった。船長と「他の球団だったら試合に出られるだろうに」と巨人での活躍は半ば諦めていたのだが、ここにきて先週金曜日、そして昨日と貴重な活躍。船長と目を細めて喜んだ。

私は素人目に見てカトケンの魅力は肩で、バッティングは荒いし大したことないな、と思っていたのだが、最近の活躍は打撃だ。Sanspo.comを読むと今シーズンは4月からずっと特打を継続していて、ようやくスイングが早くなった、とコーチが感じた頃から結果が出るようになったと書いてある。そうか、やっぱりプロ野球選手も最後は努力だ。

昨日の試合、中日もいかにも中日らしいサヨナラ勝ち、しかも打ったのが中村紀。この時期になるとこういう勝ち方をするところが強い。阪神は期待の安藤が誤算、だが対戦相手がヤクルトというのがタイミングとして悪かった(ということにしておこう)。直前に悔し涙の会見を行った古田監督を見たヤクルトナイン、しかも神宮となれば「負けられない」といつも以上にテンション上がる。

だけど、阪神だって負けてられない。船長と長いこと応援している桜井が今年からようやく一軍で使ってもらえるようになったが、今日は頼むぞ、桜井!と予言のような期待を込めて。
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